仕事人

おはよう、しゃしゃ。

物語やビジネス文書、イラストを描いていると、
必ず出来上がった作品を冷静に見て変えていく作業、
「編集」に頭を費やすよ。

編集は販売用の文章やPOPだったら売り上げに影響を与え、
物語なら人物や世界観への興味を大きくもたらす。
でも編集に関する「ノウハウ」はあまり出ていない。

小説の書き方、ビジネス文書の書き方、絵の描き方……
描くノウハウはあっても「編集」の指標がない。
自分で作らなければならない。

私がイラストや文章を描いて、どのように編集を試みているか。

「より良い編集」を見つける意味で記事を書いてみたよ。

 

編集の定義

私は何かを行う際、必ず言葉を定義する。
辞書で調べると「特定の狙いにそって、情報を集め、構成、整理する作業」
これだけだと「特定の狙い」があいまいになる。

あいまいな定義はあいまいな結果しか生まぬ。
自分で定義し直さなければならぬ。

そこで私はこう定義しなおした。
「読者(自分も含む)から見てより魅力、わかりやすく、
頭に自分の意見がしみ込むように情報を整理し直す作業」

読者に魅力を感じてもらうこと。
読者が魅力を感じた場合、作品への興味も深まる。

 

編集と学習の関係

勉強において、復習は大切だ。
一度やった箇所を何度もやって、体に覚えさせる。
結果、類題にも何とか対応できる。

復習は同じ作業の繰り返しでない。
できなかった部分をつかみ、できるにはどうするか?
何ができて、どこがダメなのかを見極める学習だ。

何も考えないでただ答えと解説をノートに書いても、
ちょっと頭を使う類題が出たら、対応しにくい。

復習ほど、できない箇所をきちんとやりこなすために、
わからない箇所を深く掘り下げ、時間を費やす。

復習は同じ作業の繰り返しでなく、細かい分析が必要な「勉強」だ。

編集も復習に近い。自分や誰かが書いたもの(原稿、イラストなど)を
改めて読み直し、改良を加えていく。

 

編集の要点

花びらスカート

編集はどこに力を入れればよいのだろう?
文章やイラストで「おかしい」部分を直すのはもちろんだ。
でもおかしい部分だけを直しても、たいした意味はない。

編集するうえで私が基準にしたものは

1 読者の需要(質問)に答えられているか
作品ならテーマ(どこを強く描きたいのか)をはっきり表しているか
イラストなら読者が求める「どんな状況」を絵に表したのか

2 流れを意識して作っているか
作品なら話に加え、人物や世界観の魅力を描けているか
イラストならストーリーに沿って描けているか

3 文章の読みやすさ、イラストなら色調整

作品を直すうえで最も欠かせない「需要」の問題
ブログ記事なら誤字脱字よりも、「読者が欲する情報」を書いているか。

読者は星の数ほどいるから、
「自分」を読者の一人と置いて、考えてみる。

物語なら読者として「どんなシーン」を楽しみに捉えているか。
イラストなら読者として「どんな状況」を鑑賞したいのか。

次に読者(自分を含む)として、なるべく誤解なく表現できているか。
ブログ記事なら、ほかに情報が出ていないか。
物語なら、人物や環境に関する情報を描けているか。
(情報量が足りているか)

イラストなら「どんな状況」を描いているのか、
ストーリーとしてうまく伝えられるか。

最後に文章を印刷し、声に出して読んでみる。
そこで文法や単語の使い方を確認する。
丹後は辞書を使って言葉を調べ、適切か見ていく。

イラストも、PCで絵を描いた場合、スマホで確認をとる。
印刷して色の塗り具合やおかしいところを見る。

一番は「読者として何を求めているか」であり、
次に「読者に適切な情報を与えているか」で、
最後に事務的な編集(文章チェック)と私は考えている。

 

執筆者の私≠読者としての私

私は記事を書いている。
私が書いた記事は「未来の自分」にとって欲する内容か?

執筆者としての私と、読者としての私は違う。
私が書きたい記事は必ずしも、私(+読者)が読みたい内容ではない。

反対に私がたいした書きたくない記事は、
未来の自分(+読者)が欲している情報だったときもある。

しゃしゃは編集に関する情報として、
どんな疑問を抱き、解決に至る考えが浮かんだだろうか?

私が書いている記事は「読者から見て」、
欲しているかどうかわからないけれど、
アクセス解析を見て、読者数が多いとき、
「ああ、この情報を欲しているんだ」捉えて間違いがないよ。

 

編集を変えれば作品はより良くなるか?

イラスト

今まで編集と言っても、文章の誤字脱字、
イラストなら色塗りに気づいた違和感を直す程度だった。
全体を読んで、話の流れや人間の性格に矛盾はないか?

でも、登場人物をどう描けば「より魅力」をもたらすか。
編集も「勉強」の一環として捉えると、
気づくところが増えて、作品がより面白くなる。

参考になっただろうか?

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著者紹介

千賢 光太郎
千賢 光太郎

ティラノスクリプトや小説家になろう、ピクシブ他で物語を書きながら、
「私が気になった事件」の裏側を作家の視点で書いているおっさん。

雷が苦手で、光を見ると頭が固まる(元から固い)。
月初めは墓参りと神社参拝を行い、賽銭箱へ1万円を入れた際、とても気持ちがすっきりした。

0歳:釧路のある病院で生まれる。暇さえあれば母乳を吸って、ご飯を4膳食べても体重が落ちるほど、母のダイエットにものすごく貢献したらしい

3歳:行方不明になり、全裸で海を泳ごうとしたところ、いとこのお姉さんに発見され、この世へ留まる

8歳:自分のお金でおもちゃのカードを初めて買い、経済を知る。なぜか父親に怒られ、家出するがすぐに見つかる。

12歳:学校で給食委員長になる。委員長として初めて全校生徒の前にて演説する際、原稿用紙を忘れてアドリブで笑いを誘いながらも何とかやり過ごし、多くの生徒に名前と顔を覚えてもらう。また、運動会の騎馬戦では変なアドリブを行い、多くの笑いを誘った。

18歳:初めて好きな人ができたけれど、告白が恥ずかしくてついにできず、別れたことを今でも根に持っている(妻となる人にははっきり言えてよかった)

21歳:大学在学中、アルバイトを始める。人手不足かつとても忙しい日々を過ごしながら「どうせなら自分から楽しいことをしていきたいなあ⇒起業って選択肢があるのか」働き方の選択肢を見つける

27歳:自分で作った会社がうまくいかず、一度たたんで都落ち。実家でとことん自分を責める日が続く。「何をやっても駄目だな、お前は」など。自分を責めても自殺ができず、体中から毒素があふれ出て苦しい日々を送る。寝るのも怖かった日々。

28歳:「このままじゃいけない」決心を決め、小学校からの勉強をやり直す。高校の勉強で躓きながらも、学び直すうちに「自分は何もわかっていなかったんだなあ」大切な教えに気づかされる。
加えて、小説やイラストなど「今までの自分が手を出さなかった分野」に手を伸ばしてみた。

29歳:「定義」と「自己肯定」こそが生き方を決めると気づかされ、不安な日々が起きても、心が強くなったと感じる。でも子供の誘惑にはめっぽう弱くなる。

自分の生き方はすべて自分が握っている。わずかな瞬間にしか現れない「自分の真実」を表に引きずり出し、ピンチからチャンスを生み出す発想や視点をブログやメルマガ他で提供中。

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