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安田純平氏の救援と言動より「感謝するタイミング」に気づく

おはよう、しゃしゃ。
フリージャーナリストの安田純平さんが中東にいる。
彼がアルカイダ系の武装組織、ヌスラ戦線にとらわれており、
今日になって「助けてください」画像を公開した。

ただ、ネットを含めて「助けようと思わない」
書いている人が多いのだ。なぜだろう?
ここから何を学ぶべきだろう?

 

過去の言動:チキン国家日本

安田さんがアルカイダ系にさらわれたのはこれが初めてでない。
今回で5度目の人質なんだ。
彼についての情報は参照を設けるので、後で確認してほしい。

日本政府は自分が危険地域にいっても決して口を出すな。
しかし、さらわれた後「ジャーナリスト国際団体」を通し、
助けを日本政府に求めている。

「助けてくれた人、組織への感謝」が見られない。

別の視点として「人質ビジネス」を行っている。
すなわち、安田さんとさらった「ヌスラ戦線」が裏で手を組み、
身代金を通して資金を得ようとしている。

参照サイトを読むと、彼は一度助けられた跡、
「自衛隊を撤退させなかったから、自分が誘拐された」
損害賠償を起こしているんだね。

参照:プロ拉致られ人?安田純平とは何者なのか

過去言動:取材妨害してくる日本政府に自己責任だから口を出すな

 

表情を読み解いてみる

顔は見た目の心理を表す。そこで彼の顔を分析してみたい。
気になる部分として、目のあたりだ。

目の下にクマができていないところから、
精神的に追い詰められている状態ではないと考える。

処刑誤答

彼はISILによって処刑された?後藤さん。
彼はすでに殺された湯川さんの写真を持っている。

他、イギリス人の人質も併せてみると、
余裕がないと目の下にはっきりとしたクマが現れる。
また、安田さんは目に光をともっているが、後藤さんはそうでない。

頬はあちらの太陽や気温の関係か?
紫外線を浴びて変化していると考えらえる。

さらに殺人の危険性が迫ると、骨が透けて見えるようになる。
安田さんは髭と服で隠れて、肉体がどうなっているかわからない。

※ IS 人質 で画像検索をしてみよう。

 

感謝できないと敵を作る?

私は別の視点からこの問題を見た。
「感謝」をした方が良いタイミングで怠る。
すると「救いようのないバカだ」思われる。

結果、支援者を自分から手放し、敵を作ってしまう。
彼が死のうとも「ああ、そう。よかったね」冷たい態度をとられてしまう。

彼は一度、政府に助けられた際……
感謝どころか「政府の対応(自衛隊など)が悪い」述べ、
損害賠償を起こし、本の出版に至った。

このとき感謝をしていれば、
彼がまたさらわれても「心配」する割合は多かったかもしれない。

 

助けられた人に感謝をしたくない

人間は複雑な生き物だ。
たとえ自分が困っている時、親や同僚、上司、先輩……
などに助けられても、不平不満、愚痴を述べてしまう。

助けられた場合、素直に感謝できれば、
相手も「ああよかった」良い印象を抱く。

しかし「俺を助けるなんて、ひどい奴だ、賠償しろ」
なんて言われ「ああよかった」思う人などいない。

普段、何事もなく生きていると「感謝するタイミング」に、
なかなか気づきにくいものだ。

タイミングは「自分が危機的状況」に陥った際、現れる。
特に「自分にとって嫌な存在」に感謝できるかどうか。

例えば地震における自衛隊。
自衛隊に対して好印象を抱く者がいれば、悪い印象を抱く者もいる。

悪い印象を抱く者が自衛隊に助けられたとき、
「助けていただきありがとうございます」
素直に言えるなら、まだ大丈夫。

「てめえみたいなのに助けられて、恥ずかしい。
触るんじゃない、汚らわしい」
述べると、
「ああ、この人は度量の狭い人だ、近づかないようにしよう」
自分から嫌われる要素を増やすのだ。

しゃしゃが助ける側になったらわかるだろう。
助けられたとき、感謝の言葉一つも言えない人物は、
「ああ、こいつはもうね……」呆れてしまうだろう。

(それでも人間は情があるから、また助けてしまうのだ。
そして相手はますます図に乗る……)

呆れはしゃしゃだけが抱くのではない。
その人に接した多くの人も同じように抱くのだ。

だから彼がまた困ったとき、「彼を助けよう」という選択肢はなくなる。

 

安田純平氏が韓国人?

2018年になり新たな動画が出た。そこで安田純平さんらしき人が、

私の名前はウマル、韓国人です」のべた。すると大手メディアは……
ぜひこちらを読み、何が起きたかを確認してほしい。

ちなみにこちらでは2018年10月23日に、
安田さんが解放されたときの状態を考察している。

ウマルという名前の韓国人名はないのね。あったのが……

 

感謝を訓練する

「助けてくれた、忠告していただいた」人に対し、
感謝をせずに不快な対応・言動で返すと、
徐々に回りが敵だらけ、困ったときも助けられなくなる。

感謝は私にとって「当たり前の行為」だと思ったが、
安田さんを見ていると、そうでもなさそうだ。

「感謝」の反対は「当然」だ。
やってもらって当たり前。なぜ感謝をせねばならぬのか?

そこで「当たり前」と思っているものに対し、
「当たり前じゃない」否定してみよう。

例えばブログ記事を読めて「当たり前」と思っているなら、
「当たり前じゃない」述べた後、考えてみよう。

しゃしゃが読んでいるブログ記事を読むためにh、
読む媒体手段(スマホやPC,タブレッドなど)が必要だ。
次にツイッターなどのSNS,あるいは検索サイト。

他、色々あるだろうけれど……
このサイトにたどり着くまで、ほかの力を借りているのだ。
すると「検索サイトやSNSなどでここを教えてくれたから、読める。
ああ、ありがたい」感謝できる機会を一つ設ける。

「当然」を「奇跡」と考えてみれば、「身近なもの」に感謝できるようになるよ。

 

感謝を訓練すれば

感謝は基本、本を手元に置いて音読しつつ、
「いざ」というとき、すぐさま「感謝」が出るよう、
自分に教育をしていかねばならない。

子供のころは大人が教育したほうがいいけれど、
大人になれば、自分で己を育てないと衰えるだけだ。

上記の本を手に取って、感謝する訓練をしてみよう。
初めは何も変化が起きなくても、少しずつ周りを見る目が違ってくるよ。

感謝を知る本:はじめてのウニヒピリ

感謝訓練本:はじめてのホ・オポノポノ

安田さんもこれらの本に出合っていれば、人生は少し変わったかも……
(もしかしたら出会っているかもしれない)

ちなみにこちらでもオポノポノについて触れている。
ぜひ読んで感謝という生き方を実践してほしい。

あともう一つ、私は高校生物を勉強している。
5日間ずっと雨が降った後、晴れた。

街に出たとき、身近な植物を見てある言葉が出た。
ある言葉こそ感謝につながるし勉強する意味にもなる。

ぜひ読んでほしい。

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Writer軽い自己紹介

ティラノスクリプトや小説家になろう、ピクシブ他で物語を書きながら、 「私が気になった事件」の裏側を作家の視点で書いているおっさん。

プロフィール画像は自画像でなく、Megabe-0ブログのマスコット、めがびちゃん。

 

雷が苦手で、光を見ると頭が固まる(元から固い)。 月初めは墓参りと神社参拝を行い、賽銭箱へ1万円を入れた際、とても気持ちがすっきりした。

 

■ 簡単な自分史 ■

0歳:釧路のある病院で生まれる。暇さえあれば母乳を吸って、ご飯を4膳食べても体重が落ちるほど、母のダイエットにものすごく貢献したらしい

 

3歳:行方不明になり、全裸で海を泳ごうとしたところ、いとこのお姉さんに発見され、この世へ留まる

 

8歳:自分のお金でおもちゃのカードを初めて買い、経済を知る。なぜか父親に怒られ、家出するがすぐに見つかる。

 

12歳:学校で給食委員長になる。委員長として初めて全校生徒の前にて演説する際、原稿用紙を忘れてアドリブで笑いを誘いながらも何とかやり過ごし、多くの生徒に名前と顔を覚えてもらう。また、運動会の騎馬戦では変なアドリブを行い、多くの笑いを誘った。

 

18歳:初めて好きな人ができたけれど、告白が恥ずかしくてついにできず、別れたことを今でも根に持っている(妻となる人にははっきり言えてよかった)

 

21歳:大学在学中、アルバイトを始める。人手不足かつとても忙しい日々を過ごしながら「どうせなら自分から楽しいことをしていきたいなあ⇒起業って選択肢があるのか」働き方の選択肢を見つける

 

27歳:自分で作った会社がうまくいかず、一度たたんで都落ち。実家でとことん自分を責める日が続く。「何をやっても駄目だな、お前は」など。自分を責めても自殺ができず、体中から毒素があふれ出て苦しい日々を送る。寝るのも怖かった日々。

 

28歳:「このままじゃいけない」決心を決め、小学校からの勉強をやり直す。高校の勉強で躓きながらも、学び直すうちに「自分は何もわかっていなかったんだなあ」大切な教えに気づかされる。 加えて、小説やイラストなど「今までの自分が手を出さなかった分野」に手を伸ばしてみた。

 

29歳:「定義」と「自己肯定」こそが生き方を決めると気づかされ、不安な日々が起きても、心が強くなったと感じる。でも子供の誘惑にはめっぽう弱くなる。

 

35歳:人生初の交通事故(物損)に出会う。冬道の運転で車を上下に大回転(スピンではない)を体型氏、何とか命を取り留め、なぜ生きているのかわからない状態に陥る。

自分の生き方はすべて自分が握っている。わずかな瞬間にしか現れない「自分の真実」を表に引きずり出し、ピンチからチャンスを生み出す発想や視点をブログやメルマガ他で提供中。