韓国のトロフィー踏みつけ炎上に見る反日教育の真の怖さ

おはよう、しゃしゃ。
サッカーユース大会がチャイナで行われ、見事韓国が優勝した。

韓国はカメラの前でなんと、笑顔でトロフィーを踏みつけてしまった。

結果、韓国は優勝をはく奪されたばかりか、
監督から選手総出で謝罪するという羽目になった。

「チャイナだから謝ったのか」

思う一方で反日教育の真の怖さを見たね。

 

パンダ・カップで優勝後に行われた愚かな行為

サッカーユース大会ことパンダ・カップはチャイナ成都(せいと)で行われた。

決勝はチャイナと韓国で見事、韓国が3点をもぎ取り優勝した。
優勝した後、カメラに向かって選手の一人がトロフィーを踏んだ。

ほかの情報だと用を足そうとした選手もいるそうだ。

自分たちが必死に戦ってもぎとった証よりも、
チャイナという「韓国から見て大国に勝った事実」に焦点をおいた。

だからトロフィーを踏む=チャイナを屈服させた
=(自称弱小)韓国が(一応大国)チャイナとの戦争に勝利を収めた

必死にもぎ取った結果よりも小さな戦争で勝利を収めたという、
個人を超えた国としての行き過ぎた思想が悲劇をもたらした。

写真を見るとだれ一人焦った顔をしておらず、にこにこしているのがわかるね。

チャイナだけでなく日本でも怒るよ。

過去にWBCで日本と韓国が争い、韓国が勝利を収めたとき、
マウントに国旗を建てる国家思想を堂々と打ち出した。

イチロー元選手ですら怒ったほどだ。

もちろん、チャイナで炎上し韓国は優勝をはく奪された。
くわえてすべての選手と監督及びスタッフが謝罪をした。

日本なら「あっかんべー」で済ますだろうが、チャイナはそうもいかなかった。

今後、韓国を出場すらさせない方向に動いているそうだ。

今回は警告で済んだけれど……

 

去年は野球でやらかしていた

去年のU-18野球大会で起きたニュースだ。

韓国が台湾を下した際、韓国側がペットボトルをマウンドに投げつけた。

大会関係者が片付ける羽目になり韓国側は放置した。
当時から「韓国はマナーがなっていない」と怒る人が多かった。

去年の時点で韓国大会側が勝利に加えてマナーに危機感を抱き、
全てのU-18にマナー教育をしていれば、今回の悲劇を避けられたかもしれぬ。

と思いたいが無理だろう。

優勝したら浮かれ、気持ちに大きな慢心と油断が生じる。
その後の展開を何も考えないからこそ、起きるべくして起きた。

 

反日教育の本当の恐ろしさ

韓国は日本に対して歴史を中心に反日教育を教えている。

反日教育は日本に敵意を抱かせ被害者ビジネスをやり、
韓国の政策失敗をすべて日本へ擦り付け、目をそらす
ための仕組みだ。

反日教育は韓国内だけでなく、
「日本に敵対心を持たせる」メリットを感じる連中も加わっている。

韓国だけの問題でなく日本の問題でもある。
メリットを感じる連中に日本人もいるからね。

むしろ韓国よりも日本国内がとても厄介だ。

反日政策でいろいろとビジネスにつながるからね。
最近でも応募工や旭日旗、今までだと慰安婦があった。

反日は基本、日本を嫌う内容となっている。

「日本があれやこれをしたせいで、韓国がみじめになった」

同時に韓国は自国がどれだけすごかったのか。
日本から見てツッコミが入る内容を教えているそうだ。

日本にある一部の教科書は日本史なのになぜか、
韓国の歴史を教えているという理解不能な状況となっている。

自国が凄い教育は悪くないが、
相手を憎むばかりの教育は子供の成長に悪影響を与える。

同時に自国がいかにみじめかという自虐史観も生き方に悪影響を与えるわけだ。

虎ノ門ニュースを見ていると、
「いつの間にか自虐史観に染まっている」自分に気づくよ。

 

反日教育なのに反〇を抱く仕組み

韓国

反日教育の対象は対象は日本だけど、本質をたどると日本以外にも目を向ける。

例えば私が自分よりも人気あるAさんを見て、
「ああ、あいつがいなくなればいいのに」思ったとする。

無事にAさんがいなくなったと思ったら、今度はBさんとDさんが現れた。

すると私はBさんにはなにも抱かなかったけれど、Dさんには抱いてしまったのだ。

DさんはAさんと似た生き方及びセンスを持っている。

Dさんを通して「自分の中で越えられないAさん」が浮かび
妬みと憎しみの心がよみがえってくる。

「自分より人気ある人を見ると、いかに自分が人気ないダメな人か」
心の中にあるプログラム(潜在意識)が反応する

Aさんを通して自己否定をする醜い己をみるわけだ。
BさんはAさんと別路線であり、大した気にならない。
DさんはAさんに近く自分自身に最も近い。

憎しみは本質と自分及び相手に抱く感情が重なって発動する。

上記の例だと

  • 本質「自分と似たような考えを持ちながら、自分より人気がある人」
  • いくつかの条件「生意気、優しいといった相手に抱く感情
  • ほかの条件「背が高い、かわいいといった自分が抱く劣等感

反日教育も上記の例と同じだ。

本質「日本だけに敵意」を向けているつもりでも、
「日本よりも大国、生意気な国」相手国に抱く印象と、
「自国がどれだけちっぽけか」自国に抱く劣等感

反日なのに反中にも反米にもなる。

トロフィーを踏む行為は優勝したという気持ちよりも、
大国に勝利した=先祖の恨みを晴らしてやった→反日(及び中国)教育の成果

私はこう読み取ったんだよ。

 

人を恨むに組む教育がもたらす結末

韓国は必死に戦って優勝をもぎ取ったが、
愚かなふるまいで優勝をはく奪された挙句謝罪させられた。

自分たちでせっかく貴重な価値を得たのに、
呆れる行為をやらかして価値を失ったばかりか、
最もやりたくない行為をやる羽目になった。

日本でもどこかを憎むばかりの教育をやっていたら、
いつの間にか子供たちが劣等感を抱くようになり、
海外はもちろん自国にすら恥をかいてしまう。

しかも韓国は今後ユースの出場をさせないよという警告をいただき、
一つのチャンスを失う恐れも作ってしまった。

※上記ツイートにある速報の意味

反日教育のもう一つの恐怖はチャンスを逃す未来だ。

普段のふるまいがいかにチャンスを作る/失うか。

韓国だから笑ってみるのでなく、
むしろ自分のふるまいを見直すきっかけにつなげていこう。

 

日記:改めて感じる愛の強さ
音楽少女

インスタグラムにイラストを上げています。
今回は音楽少女をテーマに描きました。

色について本当に悩む日が続いています……

今回の記事を書いていると、
プロなら恨みや憎しみをゴミに投げるべきと思ったよ。

プロは醜さを越えた先の純粋な世界=愛にしかない。

生きていればどうやっても勝てない相手がでてくるし、
「なんであいつばかり」と嘆きたくなる時もある。

私だって今もあるよ。だけどとどまっていては成長が止まる。

伸びるなら「不幸のヒロインになりたい自分」を捨てて、
自分を含むより大きな世界に目を向ける=愛に生きるべき。

愛を作るなら憎しみや妬み恨みといった感情にそまらない、
自分の中にある大きな世界を生み出していこうぜ。

ちょっとまって

日本がいかに韓国へひどいことをしたかは百田尚樹さんが語っている。
私が説明するより彼の本を読んだ方が早い。

次に歴史教育について反日とは全く違う視点から、
竹田恒泰さんが「神話」をテーマに中学校歴史教科書を作った。

歴史本は百田さんの日本国紀が出ている。
元は「日本人が読んで面白いといえる歴史本はないのか?」から始まった。

今回のトロフィーに類似した出来事として、
チバニアンの一方的な言いがかりが当たる。

チバニアンは反日教育と全く関係ないけれど、
少し形を変えれば、今回の記事とそっくりだと気づくはずだ。

あとバカッターと呼ばれる連中を見ると、
今後日本でも「トロフィーに足を突っ込まないこと」
教えねばならぬ日が来るのだろうか。

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Writer軽い自己紹介

ティラノスクリプトや小説家になろう、ピクシブ他で物語を書きながら、 「私が気になった事件」の裏側を作家の視点で書いているおっさん。

プロフィール画像は自画像でなく、Megabe-0ブログのマスコット、めがびちゃん。

 

雷が苦手で、光を見ると頭が固まる(元から固い)。 月初めは墓参りと神社参拝を行い、賽銭箱へ1万円を入れた際、とても気持ちがすっきりした。

 

■ 簡単な自分史 ■

0歳:釧路のある病院で生まれる。暇さえあれば母乳を吸って、ご飯を4膳食べても体重が落ちるほど、母のダイエットにものすごく貢献したらしい

 

3歳:行方不明になり、全裸で海を泳ごうとしたところ、いとこのお姉さんに発見され、この世へ留まる

 

8歳:自分のお金でおもちゃのカードを初めて買い、経済を知る。なぜか父親に怒られ、家出するがすぐに見つかる。

 

12歳:学校で給食委員長になる。委員長として初めて全校生徒の前にて演説する際、原稿用紙を忘れてアドリブで笑いを誘いながらも何とかやり過ごし、多くの生徒に名前と顔を覚えてもらう。また、運動会の騎馬戦では変なアドリブを行い、多くの笑いを誘った。

 

18歳:初めて好きな人ができたけれど、告白が恥ずかしくてついにできず、別れたことを今でも根に持っている(妻となる人にははっきり言えてよかった)

 

21歳:大学在学中、アルバイトを始める。人手不足かつとても忙しい日々を過ごしながら「どうせなら自分から楽しいことをしていきたいなあ⇒起業って選択肢があるのか」働き方の選択肢を見つける

 

27歳:自分で作った会社がうまくいかず、一度たたんで都落ち。実家でとことん自分を責める日が続く。「何をやっても駄目だな、お前は」など。自分を責めても自殺ができず、体中から毒素があふれ出て苦しい日々を送る。寝るのも怖かった日々。

 

28歳:「このままじゃいけない」決心を決め、小学校からの勉強をやり直す。高校の勉強で躓きながらも、学び直すうちに「自分は何もわかっていなかったんだなあ」大切な教えに気づかされる。 加えて、小説やイラストなど「今までの自分が手を出さなかった分野」に手を伸ばしてみた。

 

29歳:「定義」と「自己肯定」こそが生き方を決めると気づかされ、不安な日々が起きても、心が強くなったと感じる。でも子供の誘惑にはめっぽう弱くなる。

 

35歳:人生初の交通事故(物損)に出会う。冬道の運転で車を上下に大回転(スピンではない)を体型氏、何とか命を取り留め、なぜ生きているのかわからない状態に陥る。

自分の生き方はすべて自分が握っている。わずかな瞬間にしか現れない「自分の真実」を表に引きずり出し、ピンチからチャンスを生み出す発想や視点をブログやメルマガ他で提供中。