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2018年の課題:生活保護と科研費に国会空転から見る今後

おはよう、しゃしゃ。
2018年になっても森友学園騒動が続いているけれど、
一方でネットでは少しずつ大騒ぎしている問題がある。

僕から見て二つ、

  • 外国人世帯に生活保護がいくら費やされている?
  • 大学教授による科学研究費の使い道

外国人差別や言論や教育への弾圧、
さらしたら脅迫を受ける「命の危機」という名目で、
今までふれられなかった箇所に焦点が向かっている。

タブーといわれる個所に切り込みが入る。
2018年の日本はどう向かっていくのだろう?

 

科研費の一部が反日事業に使われるだと?

虎ノ門ニュースの大高未貴さんが指摘していた。
北朝鮮のスパイといわれている徐勝(ソ・スン)氏が、
現在も立命館大学で教鞭をふるっている。

杉田水脈議員は国会内で、
「韓国軍がベトナム戦争にて民間人を虐殺した事件、
韓国軍は日本軍の分身であり、置き土産だ。

でたらめな主張を述べる徐勝教授に対し、
二千万円以上のお金が研究費として入ってる」

述べて、ネットでは話題になっているよ。
大手メディアでは話題にすらしていないけれどね。

研究のために降りる予算について調べると、
「もっと俺らに研究予算をくれ」と、自民党に直訴した学者もいる。

研究予算が下りずに海外へ出ていった日本の学者もいる。
一方で研究予算が莫大に降りる教授の一部が、
研究とは関係のない部分にお金を払い、問題にもなっている。

仮に200万円の予算をもらっても水道高熱や事務用品といった
「研究に深くかかわらない生活」に費やされている。

届けてほしいところに届かず、余分に届いた人のところで反日活動をされる。

あべこべをなんとかならないものか。

参照:大高未貴氏「なぜ徐勝氏は立命館大学の教授でいられるのか」

参照:研究費は「研究者のために」 日本捨てる若手学者、自民に直訴へ

なお、半年後ますます問題になった。
科研費関連で調査をした結果、いろいろわかったことがあったよ。

 

神戸で使われている生活保護費用が58億円

神戸市会議員の上畠のりひろさんツイートで発覚した。
神戸に住む外国人世帯の生活保護はおよそ2300世帯あり、
そこから生活保護にいくらの費用を出しているか?

課長に聞いてもわからないから後に計算したところ、
58億9520万円も発生していると分かったよ。

神戸市としてはかなりの負担になっていると述べている。
他はどうなっているかわからぬ。

計算したら、驚くような額が出てくるのではないか?

外国人の生活保護について、日本人から見ればいろいろ思うところはある。
収める税金の一部がこちらに使われている。

僕は外国人の生活保護費用が出ただけでもびっくりしている。
ばらされて困る連中から狙われなければいいけれど……。

 

朝日新聞VS財務省

「国会で予算審議委員会が一向に開かれず、税金だけが使われている」
現状に腹が立っている。

朝日は文書に対する証拠を持っている(が、すぐに紙面で出さない)。
近畿財務局が大阪地検に渡した原本のコピーを公開した。
今度は和田政宗議員が資料の比較を行い、
朝日や野党はいまだに「あれが違う、これが違う」駄々をこねている……

正直、何が何だかわからない。

駄々をこねて国会の予算委員会を欠席し、
倒閣運動のためなら、なりふり構わなくなっているなあ。

お金が流れているという事実だけはきちんと押さえておこう。
後、国会で起きている出来事を見ながらこちらの本を読むと、

「そうか、お金が無駄なところかつ流してはいけないところに、
どんどん流れて行っているのだな……」怒りを抱くよ。

 

指摘しないと気づかない

上記ツイートをはじめ、研究費の一部が反日に流れる資金
神戸市限定だけど、生活保護に52億もかかっている。

今まで想像できた?

言われてみれば「そうだよねえ」思うのだけど、
誰かが指摘をしなければ、全く気付かない。

指摘しない一つの理由に「差別だー」と、
お金の問題を差別問題にすり替える連中の声と怖さが大きく、
触れたら自分に危害・被害を受けるのではないか?

恐怖による萎縮があったと考えている。
後はメディアやそっち系の団体がつながっていて、
生活保護や科研費の一部を横流ししているのではないか?

要は国民の税金を「不当かつ表に出ない形」でもらっているのでは?
今までは誰も指摘しない、指摘できないから気づかなかったが、
現代のメディアが持つ信用低下により、だんだん明るみに出てきた。

そっち系の怖い団体にも対抗できるよう、
私たち国民が免疫を持つようになったと考えている。
特にネットの力は大きい。

大きく見たら、私たちの知的レベルが少しずつだけど上がっている。
時折、選んではいけないカードをひいて痛みを得るけれど、
痛みすら次の経験に活かし、私たちはよく見ている。

大きく声を出さないだけで、私たちの見る目が育っている。
一部の権力者(特に大衆はバカの集まりと考える連中)にとって、
好ましくない社会が訪れているねえ。

見下す連中こそ、多くの人から見下されているのだから。

 

冒険の2018年

日本はネットを中心に、自分らで膿を見つけ出しているのでは?
膿でなかったら、虎穴に入ろうとしているのではないか?

人が成長するには、いろんなテクニックや交流が大切だ。
最後の障害は自分の中にある。

自分の中にある「恥や不安、恐怖」を行動で乗り換えたら、
考え方はもちろんだし、新しい出会いもある。

「恥や不安、恐怖」という部分こそ膿だ。
過去に起きた出来事からトラウマを抱き、膿へと変わる。

自分のみならず、他人の誹謗中傷といった指摘もあって、
今まで何でもなかった出来事が膿へと変わる。

膿は年をとってもなかなか取れない。
膿がある事実に気づき、取らねばならぬ。
(不安や恐怖、恥と向き合い、表に出せばいい)

過去の傷を乗り越え、タブーや未知の分野に挑む冒険を行うと、
何かしらのチャンスが訪れると、私は強く考える。

 

日記:僕のチャンスは何か?
化粧の差

インスタグラムにてイラストをあげています。
私もここ最近、紙に自分の想いをいろいろ書いていました。

今の社会に適応するため、何が必要なのか?
自分はどこへ向かいたいのか、何をしたいのか?
何に挑んでいきたいのか……。

すると「チャンス」に挑んでいきたいという答えが出てきた。
他にも「自分の考えがすごい仕事になればいいなあ」と思った。

そこで気づいた。先日、こういった記事を書きました。

「あやふやな1割」を処理しないと、
一生「わからずに戸惑い、何をしたらいいか不明」な日々が続きます。

人生における1割はすでに分かっているのです。自分が今、やっていること。

今やっていることに後ろめたい気持ちを抱いている。
今やっていることが常識はずれで「だめだ」決めつけている。

そこをきちんと認めながら、
「形にしていくために何をしたらいいか?」
向き合うと、あやふやな1割がわかっていく。

人間、9割はわかっていても残り1割は自分の中にあり、
目の前にあってわからないものです。

ぼくの2018年は「チャンス」を書いていこうと考えています。
ブログ記事も「チャンスに気づく、知る、得る」視点に変えないと。

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ティラノスクリプトや小説家になろう、ピクシブ他で物語を書きながら、 「私が気になった事件」の裏側を作家の視点で書いているおっさん。

プロフィール画像は自画像でなく、Megabe-0ブログのマスコット、めがびちゃん。

 

雷が苦手で、光を見ると頭が固まる(元から固い)。 月初めは墓参りと神社参拝を行い、賽銭箱へ1万円を入れた際、とても気持ちがすっきりした。

 

■ 簡単な自分史 ■

0歳:釧路のある病院で生まれる。暇さえあれば母乳を吸って、ご飯を4膳食べても体重が落ちるほど、母のダイエットにものすごく貢献したらしい

 

3歳:行方不明になり、全裸で海を泳ごうとしたところ、いとこのお姉さんに発見され、この世へ留まる

 

8歳:自分のお金でおもちゃのカードを初めて買い、経済を知る。なぜか父親に怒られ、家出するがすぐに見つかる。

 

12歳:学校で給食委員長になる。委員長として初めて全校生徒の前にて演説する際、原稿用紙を忘れてアドリブで笑いを誘いながらも何とかやり過ごし、多くの生徒に名前と顔を覚えてもらう。また、運動会の騎馬戦では変なアドリブを行い、多くの笑いを誘った。

 

18歳:初めて好きな人ができたけれど、告白が恥ずかしくてついにできず、別れたことを今でも根に持っている(妻となる人にははっきり言えてよかった)

 

21歳:大学在学中、アルバイトを始める。人手不足かつとても忙しい日々を過ごしながら「どうせなら自分から楽しいことをしていきたいなあ⇒起業って選択肢があるのか」働き方の選択肢を見つける

 

27歳:自分で作った会社がうまくいかず、一度たたんで都落ち。実家でとことん自分を責める日が続く。「何をやっても駄目だな、お前は」など。自分を責めても自殺ができず、体中から毒素があふれ出て苦しい日々を送る。寝るのも怖かった日々。

 

28歳:「このままじゃいけない」決心を決め、小学校からの勉強をやり直す。高校の勉強で躓きながらも、学び直すうちに「自分は何もわかっていなかったんだなあ」大切な教えに気づかされる。 加えて、小説やイラストなど「今までの自分が手を出さなかった分野」に手を伸ばしてみた。

 

29歳:「定義」と「自己肯定」こそが生き方を決めると気づかされ、不安な日々が起きても、心が強くなったと感じる。でも子供の誘惑にはめっぽう弱くなる。

 

35歳:人生初の交通事故(物損)に出会う。冬道の運転で車を上下に大回転(スピンではない)を体型氏、何とか命を取り留め、なぜ生きているのかわからない状態に陥る。

自分の生き方はすべて自分が握っている。わずかな瞬間にしか現れない「自分の真実」を表に引きずり出し、ピンチからチャンスを生み出す発想や視点をブログやメルマガ他で提供中。