かつ丼食べた後

おはよう、しゃしゃ。
ここ最近、どういうわけか胃腸がおかしい。
不快だけでなく痛みも感じる。

もしかすると緊急手術をすべき痛みかも?
十二指腸潰瘍か、それとも……
不安ばかり押し寄せ、今日を楽しむこともできない。

そこで私は二つの事実に気づかされた。
睡眠を経てリラックスをとったはずなのに疲れている……
なら今すぐやってほしい。

 

自分の生活習慣を疑えるか?

体が不調な時、真っ先に疑うべきは「生活習慣」だ。
1か月前から朝4時か5時に起きることが多く、
起きてすぐに酵素ドリンクを飲み、計画を大雑把に立ててすぐ仕事。

おかげで胃腸に違和感を抱くようになった。
今日の朝、痛みの限界が押し寄せてきた。

「このままじゃ救急車を呼ぶかもしれない」

直感が働いた。
重病になるかどうかの「兆候」はわずかな時に現れる。
わずかを見逃すと、重病になる確率が高いと踏んでいる。

一種の危機管理だ。

私はどうしたらよいかわからない。
そのとき「感謝」という言葉が浮かんだ。

「今、病気になりそうだから気づいた。
体が不調である、病気であることに感謝だ。ありがたい。
おかげで気づいた、日々の生活がおかしいと気づいた。
おかしい部分は……そうか、起きてすぐに酵素ドリンクを飲むことだ」

日々の日常に疑いを向けるのは難しい。
当たり前すぎて、疑問すら抱かないからだ。

私は推測を立てて、おなかが徹底的に好くまでぬるま湯を飲んだ。
「おなかがすいたときに飲めばいいんじゃないか?
すぐ飲むから胃腸がびっくりして、刺激を受けるのでは?
なら刺激を受けにくいぬるま湯を飲んで、
それでお腹がすいたら酵素ドリンクを飲もう」

 

感謝のポイント二つ

感謝するとき、ポイントは二つある。

1 今起きている「嫌なこと」に感謝する
2 「おかげさまで~に気づいた」言葉に出す

しゃしゃにとって今、嫌なことは何だろう?
嫌いな奴がいる、貧乏だ、体調が悪い……色々あるんじゃないか?

感謝はたいてい「良いこと」のみに使われがちだが、
「悪いこと」にもやるべきだ。

「悪いことに感謝するってあほじゃないか?」
思うかもしれないが、私も今日までは心の中でそう思っていた。

しかし悪いことにも感謝をしてみると、
自分を振り返り、どこを反省すべきかに気づかされたのだ。

ユダヤ人大富豪の教えという本の中に、
ゲラーのおじいちゃんが述べていたっけ。

「世の中には良いことも悪いこともない。すべてが中立。
ただどう解釈するかで変わるだけ」と。

中国の故事成語「塞翁が馬」でも同じ内容を述べている。
良いことはやがて悪いことに、悪いことはやがて良いことに……

今味わっている悪いことにも感謝をする。
感謝をした後、次の言葉も言う。

「おかげさまで~を知りました、気づきました」

おかげさまで~という言葉だ。
私の場合、自分の生活習慣を疑い、直す機会を与えられた。
胃腸への痛みを感じなかったら、今も明日も同じ生活を送っていた。

痛みを味わうことで、二つの選択肢が生まれる。

A:痛みを感じるのに同じ生活を送るの?
B:生活を変えて痛みを和らげるの?

AとB、しゃしゃならどちらかといえばどちらを送りたい?
「B」に気づくことが「おかげさまで~」の本質だ。

 

浅い眠りと深い眠り(瞑想)

私は午後10時頃になったら眠くなる。
睡眠をとって朝4時ごろ目を覚ます。

でもこのとき取る眠りは「深い眠り」ではない。
私が言う「深い眠り」は瞑想だ。

ヨーガ他で見られる瞑想。
瞑想と眠りは違うと気づかされたよ。

痛みに感謝を述べた後、両手はへそにおく(動かしてよし)
目を閉じて深呼吸を行いながら、心の中では痛みに感謝する。

「胃腸の痛みさん、ありがとう」

すると、30分ほど自分の意識を保ったかのような眠りに陥る。
夢を見ず、雨音などはっきり聞こえる状態で眠る。

すると睡眠よりはるかに疲れが取れているのだ。
その後、胃腸への不調はほとんど感じない。
病院へ行く・行かぬは自由だ。やってみるといいよ。

画像:睡眠アイマスク(嫌なものを見たくないなら……)

 

感謝って気づきだね

今回私が驚いている事実として、
「嫌な事実」に感謝をするおかしさ。

嫌なことって感謝でなく不平不満を述べやすい。
だから反対に感謝をすると気づかされる。

気づいたとき、「おかげさまで気づいたよ」
つぶやくと、今後の生活に十分気をつかうよ。

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著者紹介

千賢 光太郎
千賢 光太郎

ティラノスクリプトや小説家になろう、ピクシブ他で物語を書きながら、
「私が気になった事件」の裏側を作家の視点で書いているおっさん。

雷が苦手で、光を見ると頭が固まる(元から固い)。
月初めは墓参りと神社参拝を行い、賽銭箱へ1万円を入れた際、とても気持ちがすっきりした。

0歳:釧路のある病院で生まれる。暇さえあれば母乳を吸って、ご飯を4膳食べても体重が落ちるほど、母のダイエットにものすごく貢献したらしい

3歳:行方不明になり、全裸で海を泳ごうとしたところ、いとこのお姉さんに発見され、この世へ留まる

8歳:自分のお金でおもちゃのカードを初めて買い、経済を知る。なぜか父親に怒られ、家出するがすぐに見つかる。

12歳:学校で給食委員長になる。委員長として初めて全校生徒の前にて演説する際、原稿用紙を忘れてアドリブで笑いを誘いながらも何とかやり過ごし、多くの生徒に名前と顔を覚えてもらう。また、運動会の騎馬戦では変なアドリブを行い、多くの笑いを誘った。

18歳:初めて好きな人ができたけれど、告白が恥ずかしくてついにできず、別れたことを今でも根に持っている(妻となる人にははっきり言えてよかった)

21歳:大学在学中、アルバイトを始める。人手不足かつとても忙しい日々を過ごしながら「どうせなら自分から楽しいことをしていきたいなあ⇒起業って選択肢があるのか」働き方の選択肢を見つける

27歳:自分で作った会社がうまくいかず、一度たたんで都落ち。実家でとことん自分を責める日が続く。「何をやっても駄目だな、お前は」など。自分を責めても自殺ができず、体中から毒素があふれ出て苦しい日々を送る。寝るのも怖かった日々。

28歳:「このままじゃいけない」決心を決め、小学校からの勉強をやり直す。高校の勉強で躓きながらも、学び直すうちに「自分は何もわかっていなかったんだなあ」大切な教えに気づかされる。
加えて、小説やイラストなど「今までの自分が手を出さなかった分野」に手を伸ばしてみた。

29歳:「定義」と「自己肯定」こそが生き方を決めると気づかされ、不安な日々が起きても、心が強くなったと感じる。でも子供の誘惑にはめっぽう弱くなる。

自分の生き方はすべて自分が握っている。わずかな瞬間にしか現れない「自分の真実」を表に引きずり出し、ピンチからチャンスを生み出す発想や視点をブログやメルマガ他で提供中。

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