もう日本国紀を二度と読まねえ!強烈な心理逃避を抱いた理由

ども、しゃしゃ。
COVID-19が猛威を振るっている。

日本をはじめ全世界で経済活動に支障をきたしている。

同じく世界では情報合戦が繰り広げられ、
ウイルス及び国の優位性という二つの側面から、
歴史が大きく流れようとしている。

さて私は時間があったので一冊の本を改めて読み直した。

百田尚樹さんの日本国紀だ。
日本国紀を出したとき、いろいろ騒がれていた。

今はほとんど騒がれていない。だからこそ改めて読んでみた。

全ページパパパっと速読して一周した。
次はメモを取りながらじっくり読んでいった。

結果「もう二度と読むものか」と逃げたい気持ちに襲われた。

なぜ「もう読むものか!」思ったのだろうか。

 

私から見る百田尚樹の大前提

歴史という観点で見ると私は百田尚樹さんのツイートからブロックされ
彼のツイートを読めない。

日本国紀を出したときはまだブロックされていなかった。
百田さんのツイートにちょっと一言ツッコミを入れた結果、私は彼からブロックを受けた。

ブロックをきっかけに百田尚樹さんに対する見方を大きく変えた。

時にアンチとして彼の意見に激しくツッコミを入れ、
虎ノ門ニュースでは百田さんにうざさすら感じるようになった。

ウザさとはゲストと百田さんがいるのに、
百田さんばかりしゃべってゲストの声を遮ってしまう行為だ。

さすがにニコ生でたたかれて一時はへこんだものの、
最近は意固地になって我が道を突き進む姿勢だ。

虎ノ門ニュースにおける百田さんには時折、腹が立つときもある。
昔ほど彼を好きにならなくなった。

百田尚樹に対する現時点の私の姿勢をまずは書く。

 

もう二度と日本国紀を読みたくない理由!

昔ほど彼を好きにならなくなった=嫌いな部分も増えたからこそ、
二度と日本国紀を読みたくないのかといったら、全く違う。

虎ノ門ニュースコメンテーターと作家では、
「本当に同一人物なのか」言いたくなるほど、落ち着き度合が全く変わってくる。

日本国紀で最もつらい部分は「敗戦と占領」以降だ。もちろん「平成」も含む。

大東亜戦争(太平洋戦争)では怒りを抱くように読んでいた。
江戸時代では町人文化や隠れ偉人伝に、

「世の中にはこんなすごいわき役がいたのか」

心を踊るようにして読んでいた。

一方敗戦後の日本は心が泣いていた。
特にWGIP(戦争による罪悪感洗脳プログラム)以降は逃げたい。

心が凄く逃げたがっている状態だった。
私は逃げようとする心を無理やり抑えながらページをめくり、最後まで読み終えた。

日本の辛い部分は日本国紀のほかでも触れている。
古くだと源平合戦、蒙古襲来、明治維新……

しかし大東亜戦争後の日本が最もつらいと感じた。
なぜここ移行が最も逃げたい気持ちに襲われたのだろうか?

 

私の両親はこのころ生まれた

私の両親はともに敗戦後すぐ生まれた
現在も生きており、母は北海道新聞を散りながら、

先日、朝日新聞と道新が手を組んだでしょ。あれから新聞の内容が過激で朝日よりになっている

ぼやいていた。また道新ではある決まった投書を読み、

このばあさん、馬鹿じゃないか。世の中そんな単純に見えるわけないだろ

左よりの道新をとりながら、左よりな意見にツッコミを入れるという、
面白い新聞の読み方を行っている。

父親はよく週刊誌の情報をうのみにする傾向が強く、
あまり自分で「物事の裏」を考える癖をつけていない。

私を含む兄弟や子供(孫)とって、とても自慢できる父と母だ。

さて父と母は私の知らない「昭和」を生きている。
私は昭和をちょこっとしか生きていない。

私が日本国紀を読んで「逃げたい」思った理由として、
両親が昭和敗戦後生まれとい事実が大きい。

とても身近に感じるのだ。両親は戦後を生きた。面白い話も聞いた。

例えば津波がきて、津波がさーっと引いたとき、

「みんな、今だ」

海にいってアサリやハマグリなどを拾い、

「波がくるぞー!」

見張り人が見たら、すぐさま走って逃げるという生活だった。

他にも昭和のあさま山荘や安保闘争についても話を聞いた。
両親から聞いた「戦後の昭和」を通し、私にとっては「身近な時間」に感じた。

知らない間に戦後すぐの昭和は、両親の話を通して間接的に生きた私の時代でもあった

たとえが難しくてすまない。

なお日本は申し訳ないことをしたという気持ちは抱かない。
日本国紀がそういう展開で書いていないからだ。

「あの当時の米国と英国とソ連」には怒りを抱いたけれど、
「現在の米国や英国」にはほとんど怒りを抱いていない。

チャイナに対しては「あの当時は大変だったな」思うが、
「現在は脅威だな」とロシアを交えて心からとらえている。

現在の視点から見て「あの当時」はいろいろ感情が沸き起こるが、
「現在」は別の感情を抱いている
よ。

 

当事者と他人事

私にとって戦後すぐの昭和は両親が若者として生きていた時代だ。
私は両親経由で戦後すぐの昭和史を教えてもらった。

だからこそ「当事者」感覚で戦後すぐの昭和を見ている

当事者意識を抱くからこそ、あたかも自分がそのころ生きて、
同じ苦痛を受けたかのような錯覚を抱き、苦しいと感じた。

オポノポノでいうはるか昔から知らない間に植え付けられた、
潜在意識の記憶が再生をはじめ苦しみだした。

クリーニングの対象というわけだ。オポノポノについてはこちらを読んでほしい。

一方戦前以前は読んでいて大した辛い感情を抱かなかった。
若干抱いたときもあったけれど、敗戦後の日本ほどではなかった。

当事者意識でなく「他人事」としてとらえている。

仮にこの時代まで生きている人が私の身近にいて、
いろんな話を語っていたら、当事者意識を抱いていただろう。

両親は戦前以前に生まれていないので、どこか冷めたような「他人事」でいられる。

元寇侵略部分でたくさんの日本人が殺されたところも、
あれから800年以上たっているから冷静な視点で読んでいた。

ちなみに元寇部分は漫画「アンゴルモア」を読むと、
元に対して敵意を抱くかもしれない。

あの当時の元」に対してであり「現在のモンゴル」には全く抱かない。

当事者と他人事意識。

私が辛くて逃げたいと心から思った理由は、
当事者意識が強く働いたためではないかと考えている。

アマゾン:アンゴルモア 元寇合戦記

 

自分自身と向き合う時間

もう一つは自分自身の在り方だ。

日本国紀を読んでいると、自分がいかに日本史と向き合ったか?

いや、日本史ではない。自分史だ。

自分の「人生」とどれだけ直接向き合い、
時には逃亡し時には不平不満を漏らし、
理想通りにいかな現実に苦しみ打ちのめされ……

歴史を通して自分を振り向く時期にもなった。

まさに自分の「情けない、逃げたい、苦しい、もう嫌だ、やめてくれ……」
ありとあらゆる負の側面を容赦なくたたきつける本でもある。

山川の日本史では叩きつけられる感じがなかった。
あくまでも筆者らの意見を省いた「冷静な文章」だ

百田尚樹の日本国紀は彼の意見を随所に出している。
直接述べている部分もあれば、行間から辛さをにじみだしている。

「心を動かす文章」であり、読み手の私も心を揺さぶられてしまう。

いつしか日本が味わった苦しみや愚かさ辛さは、
「私自身」の愚かさ辛さ逃げなどに置き換わり

「私自身がこれからどう生きるのか?」にもつながる。

正面から「お前は何者でどう生きるのか?」
真実の瞬間を見てしまう。だから逃げたくなる。

日本の歴史を味わうつもりがいつの間にか、自分の生き方を見直される時間に変わる。

人間、いいことはなるべく記憶に残したいが、たいてい残る記憶は嫌なものばかりだ。

嫌な記憶の本質とはオポノポノでいう「救ってほしい」である。

「この苦しい記憶を手放したい、赦したい。楽になりたい」

知らない間にかけた呪いを自分で外す機会を与えられる。
呪いをはずすには自分でいわなければならない。

「そうか、苦しかったか、もう抱く必要はないんだよ。
赦してあげるから、大丈夫だよ」

他人が言っても意味はない。自分でいわなければ意味がない。

自分を認めないから苦しむのであり、
きちんと言葉に出して認めてしまえば、苦しみは減る。

完全になくなるわけではない。何かしらの機会でまた生じる。
そのたびに自分へ語り、苦しみの記憶を消してあげる。

結果、固定観念や苦しみが外れていき、
一つの事実、物事に対して「別な観点」から眺められる。

日本国紀を通して私は「己の生き方」と対峙した。
己との対峙ほど残酷で最も怖い生き方はない。

自分と向き合うより人を責める生き方が楽だ。

結果、自分の周りからどんどん温かい人が離れるという、
「スキあらばこいつを落としてやろう、利用しよう」な人ばかり集まる。

 

日本国紀がこんなに厳しい読み物だとは!

ノートをとりながらじっくり日本国紀を読んだ。涙は出ないがきつかった。

日本だっていろいろ汚い部分はある。海外なみにえげつないこともやっている。

私だって日本を嫌う瞬間はある。
だけど、嫌いを含めて日本が好きなんだな、日本はいい国だよな。

百田さんの日本国紀を読んで強く感じた。
日本国紀は今後、改訂版を出すのだろうか?

教科書は時代とともに改訂版を出している。
百田さんが死ぬまで「令和」という項目を増やしてほしい。

アマゾン:日本国紀

楽天:日本国紀 [ 百田 尚樹 ]

 

百田尚樹の相対性理論が面白い件

最後に週刊新潮で連載している、百田尚樹の新相対性理論を読み続けている。

虎ノ門ニュースコメンテーターの横暴ぶりがなく、
「同一人物が描いたのか」と改めて思う。

お金のやり取りを含め「時間」観点から世の中を見る、
特にビジネス方面ではとても役に立つ内容だ。

ぜひ週刊新潮を手に取って読んでほしい。
私は「キャッシュポイントを時間で捉える」部分が参考になった。

人は無駄な時間を減らし、価値のある時間を増やしたいために、
お金を使って時間を増やす/減らすのだと。

ちょっとまって

今から1年前の出来事なんだね。たった1年の間にいろいろ物事は動く。
日本にとっての1年と私、あなたにとっての1年は違う。

私は1年ごと、1か月ごとに課題を出しては乗り越えている。
課題を出すというより過大に気づいて乗り越えているというべきか。

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ティラノスクリプトや小説家になろう、ピクシブ他で物語を書きながら、 「私が気になった事件」の裏側を作家の視点で書いているおっさん。

プロフィール画像は自画像でなく、Megabe-0ブログのマスコット、めがびちゃん。

 

雷が苦手で、光を見ると頭が固まる(元から固い)。 月初めは墓参りと神社参拝を行い、賽銭箱へ1万円を入れた際、とても気持ちがすっきりした。

 

■ 簡単な自分史 ■

0歳:釧路のある病院で生まれる。暇さえあれば母乳を吸って、ご飯を4膳食べても体重が落ちるほど、母のダイエットにものすごく貢献したらしい

 

3歳:行方不明になり、全裸で海を泳ごうとしたところ、いとこのお姉さんに発見され、この世へ留まる

 

8歳:自分のお金でおもちゃのカードを初めて買い、経済を知る。なぜか父親に怒られ、家出するがすぐに見つかる。

 

12歳:学校で給食委員長になる。委員長として初めて全校生徒の前にて演説する際、原稿用紙を忘れてアドリブで笑いを誘いながらも何とかやり過ごし、多くの生徒に名前と顔を覚えてもらう。また、運動会の騎馬戦では変なアドリブを行い、多くの笑いを誘った。

 

18歳:初めて好きな人ができたけれど、告白が恥ずかしくてついにできず、別れたことを今でも根に持っている(妻となる人にははっきり言えてよかった)

 

21歳:大学在学中、アルバイトを始める。人手不足かつとても忙しい日々を過ごしながら「どうせなら自分から楽しいことをしていきたいなあ⇒起業って選択肢があるのか」働き方の選択肢を見つける

 

27歳:自分で作った会社がうまくいかず、一度たたんで都落ち。実家でとことん自分を責める日が続く。「何をやっても駄目だな、お前は」など。自分を責めても自殺ができず、体中から毒素があふれ出て苦しい日々を送る。寝るのも怖かった日々。

 

28歳:「このままじゃいけない」決心を決め、小学校からの勉強をやり直す。高校の勉強で躓きながらも、学び直すうちに「自分は何もわかっていなかったんだなあ」大切な教えに気づかされる。 加えて、小説やイラストなど「今までの自分が手を出さなかった分野」に手を伸ばしてみた。

 

29歳:「定義」と「自己肯定」こそが生き方を決めると気づかされ、不安な日々が起きても、心が強くなったと感じる。でも子供の誘惑にはめっぽう弱くなる。

 

35歳:人生初の交通事故(物損)に出会う。冬道の運転で車を上下に大回転(スピンではない)を体型氏、何とか命を取り留め、なぜ生きているのかわからない状態に陥る。

自分の生き方はすべて自分が握っている。わずかな瞬間にしか現れない「自分の真実」を表に引きずり出し、ピンチからチャンスを生み出す発想や視点をブログやメルマガ他で提供中。