令和元年台風19号の関東圏直撃はどんな日本の未来を作るのか?

おはよう、しゃしゃ。

今日の朝具合が非常に悪く、
嘔吐に腹痛を繰り返し寝込んでいた。

先日からすべてのメディアで話題になっている、
令和元年の超大型台風19号が関東圏を直撃する。

15号も関東圏を直撃し、特に千葉県がひどかった。
停電を発生し、bayFmでは絶えず台風情報が流れたし、
ニッポン放送日曜深夜でも緊急台風情報が流れた。

※いつもは放送休止枠

さて台風19号は明日の昼から夕方には完全に日本から離れる予定で、
台風19号が終わった後の日本はどうなるのだろうと考えた

 

台風19号はなぜ超大型になった?

台風

台風の説明から入る。

海水温27度以上の緯度5から20度当たりの海上で熱帯低気圧が発生する。
性質の異なる気団がぶつからないので、前線(温暖や寒冷など)を持たぬ。

前線とは暖かい空気と冷たい空気の交わらなさといった、
二つの異なる気団が戦っている状態を示す。

赤道直下は転向力(コリオリの力、地球の自転で生じる慣性力)が働かず、
緯度(0から90度)が高くなるにつれ力も生じる。

初めに海水温が27度以上と高い地域が一つ。

温度が高い海面上では海水も蒸発(液体→気体)しやすく、
ある程度の高さで凝結(気体→液体)する過程で潜熱を出す

潜熱:状態変化に伴う熱。今回の場合は気体→固体と昇華する際に熱を出す

熱運動だと気体は分子が自由に飛び回り、固体は分子が固められる。
熱化学方程式でも気体→固体は「発熱」にあたる。

低気圧のうち風速最大値が17.2m/s(およそ62km/h)になると、台風と定義づけられる。

私が持っている台風の平均進路だと10月は日本に来る率が少ないのだが、
15号の進路と似た形をとったのはなんでだろう?

 

海水温とさんま

北海道では今年、さんまが不漁だった。
いつもなら焼いた生さんまを食べる時期なのだが……

取れたてのサンマもふっくらしておらず、
既に疲れ切った状態のさんまであまりおいしくなかった。

さんま不漁の原因として海水温の上昇がある。

今年は海水温が上がり例年とれる場所からさんまが移動し、
不漁となってしまった。

さんま不漁の原因と台風19号を結びつける海水温の上昇。
海水温は雲を作る要因でありエネルギー源でもあるため、
「海水温上昇」を抑えていなければならないね。

 

世界も注目する台風19号~軍事から~

さてニュースでは「世界も注目する台風19号」とあった。
どの国でもみない超大型台風であり、
どれだけ壊滅的な被害を与えるのか……に注目しているからだろう。

別視点で見たら海外が注目すべきところとして

はじめに軍事方面から見て日本のどこが弱点であり、
同時にどんなところが強いと捉えられるのか?

自衛隊や官邸にとって気象災害という敵が相手だ。
気象災害の攻撃に対し、自衛隊や官邸はどんな対策をとっているか。

事前にどういう道で国民に避難指示を出しているか?
避難指示の方法や逃げ道の場所は適切か。

台風19号が来る前にどれだけの正確かつ、第三者を行動に駆り立てる情報が流れたのか。

政府はもちろん県知事の対応はどうか?
どこがずさんで、どこがびしっとしていたか?

食料などの需要と供給といった経済はどうか?

視点を変えていけば、万が一他国が日本を攻める際のシミュレーションに使える

仮にある国が日本へミサイルをぶち込んだ場合、自衛隊や官邸はどんな対応を取るか?

どういう形で国民に避難指示や適切な場を提供するか。

私たちはきちんと見なければならなぬ。

例えば現在あいちトリエンナーレで対応に追われている大村知事。
うちのフォロワーによると三重県や岐阜県のHPに比べると、
災害対策本部設置が襲いし詳細がPDFなのはちょっと……嘆いていた。

台風15号では森田健作千葉県知事の対応に批判が集まった。

台風一つで県知事のリーダーとして、どれだけの手腕や指揮が見えてしまう。

また早い対応をとってもわかりにくければ意味がない。

他国は台風の動向や被害に加えて、日本政府や企業、
自衛隊そして国民がどんな対応を取るか?

観察していると私は考えている。気象災害という敵と戦っている最中だからね。

 

八ッ場ダム(やんば)の大活躍

台風19号のおかげで注目されている八ッ場ダム。

「やつば」でなく「やんば」と呼ぶのね。

八ッ場ダムは現時点では試験段階であり、
試験もなくいきなりの実践で堤防としての役割を担った

八ッ場ダムが注目されている裏事情として民主党政権だ。
当時の政権公約で八ッ場ダムの建設停止があり実行したのだけど……

実行すると建設以上に国や県の負担金が増える状況で、
野田政権(2011年12月)になって公約を破ってダム建設を進めた。

前原さんは最後まで反対だったが、
野田さんの決断は今となっては本当によかった
と考えている。

反対に菅直人や鳩山由紀夫だったらやばかった。

八ッ場ダム

八ッ場ダムの場所は群馬県でありダムがなければ今頃、
ダムに近い村や町はもちろん、利根川を流れる町や村にも、
洪水被害が増えて、国や県の負担はより増えていたね。

人や農業工業といった会社への被害は言うまでもない。

当時の事業仕分けではいかに費用を削るかに注目されたが、
費用の裏側には未来への更なる大損を防ぐ意味も込められていると、
私たちが知らなければならぬ。

後、民主党政権の事業仕分けにおいてスーパー堤防も出てきた。
あの当時スーパー無駄遣いといわれていたのを思い出す。

https://twitter.com/yatch8416/status/1183189168475652096

また「脱ダム宣言」の元長野県知事田中康夫さんもある。
脱ダムで一時建設が中止となったのだけ度……

現在の長野県知事が今年に入って工事を再開させたよ。

参照:八ッ場ダム公式HP

 

台風19号が過ぎ去った後、日本人が目覚める?

台風19号が終わった後、日本はまた変わるのではないか?
変わるといっても外見だけでなく日本にいる人々の内面だ。

東日本大震災を通して日本人の意識がぐっと変わった。
政治が自分たちにとって身近な社会か。

日本としてどういう国になったらいいなあ~と捉えるか。

今回の台風19号は超大型で首都圏を直撃する。
首都圏の後は東北や北海道にも被害を与える。

関西圏や九州、四国に北海道なら熱を入れないNHKでも、
今回は関東圏だから24時間報道している。

東日本大震災を思い出したよ。

台風19号は自然の「さらなる猛威」を呼び起こしたし、
「当たり前にあるインフラ」がいかに「当たり前でない」かと気づかせてくれる。

例えば胆振東部地震で、私のいる地域が停電した。
電機はいつも流れて当たり前という考えが大きく崩れ、
電気のありがたさはもちろん、再停電の恐怖も生じた。

私の例としてもう一つ、交通事故を起こした。
冬道、タイヤがスリップしブレーキもハンドルもきかず、
車を大破してしまった。

結果冬道の怖さが身についてしまい、滑る「恐怖」を体で味わった

頭でわかっているのと体で味わうのとでは、
「恐怖」がトラウマといった形で覚えてしまう

恐怖を覚えた後、日本はどんな意識を抱くのか?

「悪い何かが全て流れ去り、良い空気が流れるといいな」

ある人は述べていた。実際にどうなるかわからないが、
恐怖を通して何かしらの意識は変わると確信している。

ちょっとまって

台風といった気象災害において私はこんな記事を書いていた。

後2016年にはこんな記事を書いていた。

先ほど入ったニュースだと大雨特別警報が出された。
避難指示が出たらきちんと指示に従ってほしい。

後は胆振東部地震での出来事だ。
あの停電は今でも夜中になるとぞっとするときがある。

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Writer軽い自己紹介

ティラノスクリプトや小説家になろう、ピクシブ他で物語を書きながら、 「私が気になった事件」の裏側を作家の視点で書いているおっさん。

プロフィール画像は自画像でなく、Megabe-0ブログのマスコット、めがびちゃん。

 

雷が苦手で、光を見ると頭が固まる(元から固い)。 月初めは墓参りと神社参拝を行い、賽銭箱へ1万円を入れた際、とても気持ちがすっきりした。

 

■ 簡単な自分史 ■

0歳:釧路のある病院で生まれる。暇さえあれば母乳を吸って、ご飯を4膳食べても体重が落ちるほど、母のダイエットにものすごく貢献したらしい

 

3歳:行方不明になり、全裸で海を泳ごうとしたところ、いとこのお姉さんに発見され、この世へ留まる

 

8歳:自分のお金でおもちゃのカードを初めて買い、経済を知る。なぜか父親に怒られ、家出するがすぐに見つかる。

 

12歳:学校で給食委員長になる。委員長として初めて全校生徒の前にて演説する際、原稿用紙を忘れてアドリブで笑いを誘いながらも何とかやり過ごし、多くの生徒に名前と顔を覚えてもらう。また、運動会の騎馬戦では変なアドリブを行い、多くの笑いを誘った。

 

18歳:初めて好きな人ができたけれど、告白が恥ずかしくてついにできず、別れたことを今でも根に持っている(妻となる人にははっきり言えてよかった)

 

21歳:大学在学中、アルバイトを始める。人手不足かつとても忙しい日々を過ごしながら「どうせなら自分から楽しいことをしていきたいなあ⇒起業って選択肢があるのか」働き方の選択肢を見つける

 

27歳:自分で作った会社がうまくいかず、一度たたんで都落ち。実家でとことん自分を責める日が続く。「何をやっても駄目だな、お前は」など。自分を責めても自殺ができず、体中から毒素があふれ出て苦しい日々を送る。寝るのも怖かった日々。

 

28歳:「このままじゃいけない」決心を決め、小学校からの勉強をやり直す。高校の勉強で躓きながらも、学び直すうちに「自分は何もわかっていなかったんだなあ」大切な教えに気づかされる。 加えて、小説やイラストなど「今までの自分が手を出さなかった分野」に手を伸ばしてみた。

 

29歳:「定義」と「自己肯定」こそが生き方を決めると気づかされ、不安な日々が起きても、心が強くなったと感じる。でも子供の誘惑にはめっぽう弱くなる。

 

35歳:人生初の交通事故(物損)に出会う。冬道の運転で車を上下に大回転(スピンではない)を体型氏、何とか命を取り留め、なぜ生きているのかわからない状態に陥る。

自分の生き方はすべて自分が握っている。わずかな瞬間にしか現れない「自分の真実」を表に引きずり出し、ピンチからチャンスを生み出す発想や視点をブログやメルマガ他で提供中。