注:当ブログでは広告を利用しています。

被爆者最高(怒)あいちトリエンナーレ2019で大村と津田の真の狙いはまさか

おはよう、しゃしゃ。
あいちトリエンナーレ表現の不自由展が再開した。

すると「放射能最高、被爆者最高」と円陣を組む作品があり、

「東日本大震災で被害にあわれた方々をバカにしている!」

怒りの声が動画に上がり話題を集めた。

あいちトリエンナーレ2019(2016も含む)において、
表現の不自由展では日本人を見下しコケにした作品がある。

間抜けな日本人の墓や昭和天皇の写真をガスバーナーで燃やす。
そして被爆者最高と円陣を組んで叫んでいる映像だ。

本当に思うのよ。

大村知事とか津田大介って結局、何がしたいんだろうかと。

 

円陣を組む集団「Chim↑Pom」について

はじめに円陣を組んで東日本大震災で被災した街の一か所にて、
「被爆者最高、放射能最高」など叫んでいる作品(呪い)について、
虎ノ門ニュースで上念司さんが激怒していた。

映像作品は自称アーティスト集団の「Chim↑Pom」で、
どう考えても男性の生殖器を連想させるね。

Chim↑Pomのメンバーはエリイ、卯城竜太、林靖高、水野俊紀、岡田将孝、稲岡求。
2005年に会田誠さんの個展でデビューを飾った。

広島では飛行機を借りて飛行機雲で「ピカッ」と、
原爆ドームがある前で展示し、批判を集めた。

また岡本太郎さんの壁画に余計な付け足しを行い、
(内容が原発事故をほうふつさせる内容)
大きな批判を浴びて、今回の不自由展に至る。

広島でも岡本太郎でも炎上したけれど、
彼らの「命、芸術活動」に対した影響がないと分かったのか、
今回の被爆者最高などを叫んでも大丈夫だろうと判断しただろう。

自分はChim↑Pomのメンバーじゃないからね。

一応彼らのインタビュー記事を読んだ。

「もともとChim↑Pomはどういうことをやっていたんだっけ?」
→常に「道」を作ってきた

美術館との交渉においてはじめは断られる。
だから100回以上交渉し、ようやく許可してもらえる
初めから交渉しても「ダメ」といわれるのはわかっている。

「人間や個人」が面白くないと「公共」も面白くならない。

エクストリームな「個」の振り幅を作れるのが、アーティストのいいところ
キュレーターが描くストーリーから外れる物語。

参照+引用:Chim↑Pomが、「ロボット」でなく「人間」レストランを開く理由

Chim↑Pomの芸術観を見ていくと、
あいちトリエンナーレの被爆者最高も、
日本にある「放射能や被爆者」に対する「正反対の観方」がある

正反対とは「放射能や被爆者って本当に忌避される言葉なのか?
実は違って別にいい言葉でもあるのでは(発想の転換)?」

Chim↑Pomの考えはよくわからないけれど、
インタビューを読む限り、上記のごとく思った結果、
円陣を組んで「常識を覆した」のかと私は考えた。

ほかのインタビューでも女性のエリィさんは、

自由は心の問題。不自由って言うのは簡単だけど、
どんなときだって不自由だし、どんなときだって自由なんだよ。時代に関係なく。

引用:理屈のつかない面白さが、一線を飛び越える力になる

Chim↑Pomはメキシコなどのスラム街に一時身をおき、
路上者たちと生活をしていくうちに個人と公共の新たな道を見つけたそうだ。

彼らにとって自由を表現するために不自由やタブー、
人が言われて怒る言葉などに対し、芸術という手段で挑んでいると私は考えた。

 

炎上は成長の肥やし

あいちトリエンナーレ2019の展示物はすべて表現の不自由でなく、
日本人をバカにした作品でもなく、ちょっと視点を変えた作品が多い。

一部、日本人を対象にコケにした作品があるわけだ。

あいちトリエンナーレ2019は芸術家たちにすれば、
「日本人を怒らせた」にかかわらず「成功」捉える

どんな意味で成功したか?

Chim↑Pomのインタビューをまた引用すると、

『ヒロシマの空をピカッとさせる』(2008年)を挙げていましたね。
「社会の反逆にあいましたがこれこそ芸術家としての態度だと確信した」

引用:https://fq.yahoo.co.jp/art2019/1.html

結局炎上も彼らにとって肥やしでしかなく、命を狙われるような内容でもないし、
かえって自由な人間として表現するためのレベルアップにすぎないと。

ほかの芸術家も同じと捉えている。

日本人を揶揄した作品になろうとも、
芸術家としてワンランク上の存在になっただけであり、自分たちには大した被害などない。

 

アートの冒涜は許されない

文化庁の補助金停止や今回の不自由展に関し、
Chim↑Pomの女性メンバーであるエリィさんは述べている。

文化庁の決定は日本全体の危機であり、文化に対して失礼な態度に怒りを覚えたと。

文化庁の決定は権力をかざして愛する文化を冒とくしていると。

後、自費でやれという意見に対して、Chim↑Pomは助成金に対して大変慎重であり、
自費で大きなプロジェクトをやる態度を貫いてきたと。

今回自費でやれという意見を言う連中は「日本国民の民度が下がる危機」だと伝えたい。

文化は多角的に物事を見る行為であり、違う価値観を知って気づいて訂正もできる。

私たち芸術家は権力に屈しない。

引用元:アートへの冒涜は許されない

ツッコミどころがありますがな。

まず助成金ありきの活動に慎重と書いておきながら、
よく広島の原爆ドームのある場所で「ピカッ」など、

日本文化に携わっている人々(日本人はもちろん外人も含む)に、
なめくさった態度
をとっているなあと。

後文化は多角的に物事を見るなら文化庁の人らも人間であり、
多角的に見て補助金を出さないって決めたんやで。

実際は書類審査に不備(詐欺)があっておりなかった

さらに検閲を言うなら大村知事側のやっている行動が検閲であり、
彼女もかっこいいことをほざいているように見えて、
補助金をよこせと権力にたかっているだけなんだよね。

権力に屈しないといっている割に、
補助金をもらえないのはおかしいと権力に弱みを握られている

文化庁が金をよこさなくなった。これで私たちの芸術活動がさらに進化する。
きちんとした作品を作り、文化庁をあっと言わせてやるんだ!

くらい喧嘩を売れば、まだかっこよかったかもしれない。

 

大村と津田って何がやりたいの?

私は思うわけよ。
大村とか津田はあいちトリエンナーレ全体を通し、何をしたかったの?

あいちトリエンナーレ再開した際、大村知事側は金属探知機、
鑑賞者には事前の教育、SNS拡散の禁止、誓約書の記入など、
第三者が見て明らかな検閲を行った。

再開前に河村たかし市長には、
「あなたの言っていることは検閲にあたる」
怒っている側が検閲をするという「不自由展」を示した。

単なる不自由ではない。

大村知事のような連中が万が一総理大臣や与党になった場合、
日本はどんな未来に向かっていくか
を示してくれた。

大村知事や津田大介らの行動も「芸術の一環」と捉えると、
これからの日本に向けて重要なメッセージを投げている。

二人は己の行動を持って、

「表現の不自由から鑑賞の不自由、行動の不自由を実現した社会はどうなるのか?」

示したかったのだろうか?
深い計算をしているなら、私は感動するよ。

あいちトリエンナーレだけでなく、
トリエンナーレにかかわったスタッフ(大村や津田)を含む全体で、
「表現の不自由」が何たるかを実践で示してくれたのだ。

感動は涙を流すだけでなく怒りや悲しみといった、心が動くための加速度である。

あいちトリエンナーレ2019の楽しみ方は単に芸術作品でなく、
携わっているスタッフらの行動も加味し、全体で「不自由」という作品を味わうのだろう。

これこそ津田や大村が本当に伝えたかったテーマだろうか?

仮に上記問いかけが真実なら私は二人に心から頭を下げる。
知事や監督として、よくぞ身をもって実践してくれた。

それでこそ芸術家だし、あいちトリエンナーレを開いた意義もあったと。

 

日記:絵に魂が宿るとき
みゆきうちゃん

インスタグラムにイラストを上げています。

今日描いた絵は絵として描いたのでなく、人間を作るのだという気持ちを持って描いた。

自分でいうのも変だけど「かわいい」と描いた後に思った。
魂が宿るってこういう状態なのね。

Chim↑Pomのインタビューを読んでいると、
「自分は常識にとらわれているけれど、そこまでぶっ壊す必要もないなあ」

確かに芸術家やクリエイターの仕事は常識の打破にある。
打破だけど人を不快にさせる打破はおかしいと考えているし、
タブーに挑む作品ならきちんと伝えなければならない。

円陣を組む作品だって「被爆者最高」といった際、

「被爆者は本当に被爆者と風評だけで済ませていいのか。
そこに不自由はないか。不自由を自由に変えるのが私たちの仕事。
既に存在する思い込みを新しい思考や視野にひっくり返すのが私たちの存在理由。

だから私たちは被爆者最高という。
東日本大震災の被災した街で放射能最高というところに、
放射能に満たされて苦しんでいる人を励ます意味もある」

※上記赤文字はChim↑Pomのインタビューをもとにした自分の創作です。

作品にした狙いをきちんと打ち出せるならまだわからなくもない。
(もちろん怒っていい)

説明不足だし「そんなもの、お前が感じろや」と、
鑑賞者にすべてを示すと、彼らの行動は単なるコケにした呪いであり、
芸術でなく「馬鹿な大人が酒を飲んで叫びました」程度でしかない。

私は昨日初めてChim↑Pomという芸術かグループを知った。

彼らを知っているなら「なるほど」思うだろうけれど、
大半は初めて接する人たちで「裏事情を知らない」ので
日本をコケにされまくったと私を含めて怒るのだ。

しゃしゃはどうだろう?

ちょっとまって

あいちトリエンナーレ記事としてはこちらが始まりだ。

続いてはこちら。

炎上という意味では成功したのだろうけれど、
私は津田大介を芸術の場に二度と呼んでほしくないと考えている。

お願い

めがびちゃんからお知らせ♪

お知らせ

megabe-0へ訪問した"本当"の理由

まさか記事の書き形一つでこうなるとは…

お願い1

Writer軽い自己紹介

ティラノスクリプトや小説家になろう、ピクシブ他で物語を書きながら、 「私が気になった事件」の裏側を作家の視点で書いているおっさん。

プロフィール画像は自画像でなく、Megabe-0ブログのマスコット、めがびちゃん。

 

雷が苦手で、光を見ると頭が固まる(元から固い)。 月初めは墓参りと神社参拝を行い、賽銭箱へ1万円を入れた際、とても気持ちがすっきりした。

 

■ 簡単な自分史 ■

0歳:釧路のある病院で生まれる。暇さえあれば母乳を吸って、ご飯を4膳食べても体重が落ちるほど、母のダイエットにものすごく貢献したらしい

 

3歳:行方不明になり、全裸で海を泳ごうとしたところ、いとこのお姉さんに発見され、この世へ留まる

 

8歳:自分のお金でおもちゃのカードを初めて買い、経済を知る。なぜか父親に怒られ、家出するがすぐに見つかる。

 

12歳:学校で給食委員長になる。委員長として初めて全校生徒の前にて演説する際、原稿用紙を忘れてアドリブで笑いを誘いながらも何とかやり過ごし、多くの生徒に名前と顔を覚えてもらう。また、運動会の騎馬戦では変なアドリブを行い、多くの笑いを誘った。

 

18歳:初めて好きな人ができたけれど、告白が恥ずかしくてついにできず、別れたことを今でも根に持っている(妻となる人にははっきり言えてよかった)

 

21歳:大学在学中、アルバイトを始める。人手不足かつとても忙しい日々を過ごしながら「どうせなら自分から楽しいことをしていきたいなあ⇒起業って選択肢があるのか」働き方の選択肢を見つける

 

27歳:自分で作った会社がうまくいかず、一度たたんで都落ち。実家でとことん自分を責める日が続く。「何をやっても駄目だな、お前は」など。自分を責めても自殺ができず、体中から毒素があふれ出て苦しい日々を送る。寝るのも怖かった日々。

 

28歳:「このままじゃいけない」決心を決め、小学校からの勉強をやり直す。高校の勉強で躓きながらも、学び直すうちに「自分は何もわかっていなかったんだなあ」大切な教えに気づかされる。 加えて、小説やイラストなど「今までの自分が手を出さなかった分野」に手を伸ばしてみた。

 

29歳:「定義」と「自己肯定」こそが生き方を決めると気づかされ、不安な日々が起きても、心が強くなったと感じる。でも子供の誘惑にはめっぽう弱くなる。

 

35歳:人生初の交通事故(物損)に出会う。冬道の運転で車を上下に大回転(スピンではない)を体型氏、何とか命を取り留め、なぜ生きているのかわからない状態に陥る。

自分の生き方はすべて自分が握っている。わずかな瞬間にしか現れない「自分の真実」を表に引きずり出し、ピンチからチャンスを生み出す発想や視点をブログやメルマガ他で提供中。