「ない」を意識すると苦しみ「ある」を心がけると救われる話

ないに意識を向けるのか、あるに気を配るべきか。

おはよう、しゃしゃ。先日noteに書いた一つの記事がある。

ない/あるについて書きたい。

 

「ない」に目を向けると……

秋の季節

私は自虐傾向がある。
リストカットはしないまでも心に傷を与える行為はよくやる。

例えばお金。今の財産を見て

「ああ、お金がない」

ない現実に目を向けると、次に始まるのが

「ああ、自分がだらしないせいだ。家内にも迷惑をかけている」

自己否定からの自分いじめに走る。
自分いじめを行い続けると、

「今、自分の問題で精いっぱい、他人のことなど気にしていられない」

結果として自分が少しでも良くなる対応をとっているように見えて、
実はさらに自分を追い込んでしまっている。

全ての原因は「たった今の気持ち」にある。

「あれもない、これもない」に目を向けると、
ないほうばかり意識するため、とことん苦しくなるし、
自分をこれでもかと追い詰める。

もちろん他人に気を配る余裕などちっともない。
過去の自分は「ない」に意識を向けすぎて一度潰れた。

時折「ない」ほうばかり目を向け、今も苦しんでいる。

しゃしゃはどうだろう?

「あれもない、これもない」とないほうばかり気を配っていないか?

お金がない、人望がない、名誉がない、運気がない、
妻や旦那がない、仕事がない、あいつが気に入らない、
安倍政権が自分の思う通りに動いてくれない……

ない方ばかり目を向けると本当に心が苦しんでしまうし、
脳みそは適当な根拠を見つけては、

「ほら、なにもないでしょ、どーすんの」

自分を焦らせてしまうのだ。
焦りで行動すると、短期で見ればいい解決に見えて、
長期で見たら無残な結果になる確率はほぼ100%だ。

最悪の結果もきちんと反省し焦りに動じない心を作れば、
より極悪な結果を減らせられるよ。

 

「ある」に目を向けてみると

歳暮

だからこそ「今すぐできる解決法」として、
「ある」に目を向けるというか「ある」という前提にかえる。

例えばお金がないなら「お金がある」前提にかえる。
実際、財布にお金がなくても「お金がある」という前提にし、
自分自身に嘘をつけば脳みそは騙される。

「財布にお金がなくても銀行通帳にはある」だの、
「自分が持っていなくても妻はもっている」だの、
「自分がなくても他人はもっている」

ありとあらゆる考えが浮かび、
「なんだ、結局お金はあるじゃん」と価値観を変える。

人間は隙あらば「ない」ほうに考えてしまい、
自分に過度なストレスを与え追い込み自殺願望が生まれる。

何もないからこそ「ある」ほうに目を向ける。
今持っていない事実に対しても「ある」という前提に変えてみる。

口で「〇〇はある」ということにすればいい。
すると考え方がふっと広がり「ある」ほうに目を向けるよ。

 

比較すると「ない」ほうばかり目が行く

絶望

「ある」のに「ない」と思ってしまう原因の一つに他人との比較がある。

他人と自分の絵を見比べたとき、他人があまりにも上手だと、

「ああ、自分はこの技術がないなあ」

ないほうに目を向けてしまう。
確かにないものでなんとしてでも欲しいなら学べばいい。

同時に気づいても欲しい。

「本当にその技術、いるの?」

やばい

本当に欲する技術はすでに心の仲にあって、
心の仲に欲する技術のみなんとしてでも得るよう学ぶ。

例えば私はイラストにおいて「世界観」を作るうえで、

  • レイヤーをたくさん使ったイラスト
  • レイヤーを2枚ほどに抑えた厚塗り

二つがどうしても必要だから、自然とそっち方面を学んでいる。

他人のうまい絵を見たとき、
「ああ、自分にはこれがないなあ」思っているのだけど、

本当にこの技術は必要だろうか?
世界観を作る絵でこの絵師が持つ技術、画力は必要だろうか?

問いかけると「別になくてもいいな」判断する。

比較に対する「ない」の苦しみも、
「ある」ほうに目を向ければ簡単に解決できる。

また「本当にそれは必要か?」問いかけると「そこへ集中する必要などないよな」気づく。

 

「ある」からこそ視野も広がる

なんですって

私は今、仕事に全く関係ない勉強をやっている。
全く関係ない学習をする意味は「視野を広げる」であり、
視野が広がると世界観はもちろん楽しみ方も広まる。

「あいつよりも知識をつけたい」からやるのでなく、
「視野を広げたほうが見る部分も変わるから、
今よりも妄想を膨らませて楽しく物事を分析できるよね」

例えば簿記を今頃になって勉強しているのだが、
簿記をやっていないときに決算書を読んでも、

「なるほど、これが損失でここで利益を出しているのか」

利益と損失という二つの部分しか見なかった。

簿記(2級)を学ぶと損失一つをとっても、
「広告費と人件費のバランスがこうなっているのか」など、
学んでいないよりも視野を広げて書類を観察できる。

観察ができると妄想も広がり物語が生まれる。

物語とは「もし広告費を限りなく抑えて、
売上を今年より2倍ものバスとしたら、
彼らはいったい何をやったのだろうか?」

何をやったというところを「ネタやお題」とし物語を作っていく。

作った物語を実際に試すのも面白いし、
小説家になろうなどで配布してみるのも面白い。

仕事に全く関係ない分野の勉強をする
→別方面の知識がついて妄想も生まれる
→妄想を物語にして最高の結末を作る

作った後は配布してもいいし、自分で作った物語通りに動いてみるのもいい。

「ある」に目を向けるか「ない」にまた目を向けるかで、
未来は今すぐ変わると強く考えている。

しゃしゃはどっちかというと、
「ある」と「ない」のどちらに目を向けたい?

 

日記:一つの成功法則
いやし

インスタにてイラストを載せています。

先日こちらのノートで成功に関する記事を書いた。

※フォローしたらブログであまりかかない話を載せるので、
成功に関して敏感になるなら読んでおいてね。

一つの成功は別分野にどうやって応用をきかせるのか。

成功は「自分にとってうまくいった出来事」であり二つの種類がある。

  • なぜあたったかわからない
  • あてるべくしてあてた

はじめは「なぜ当たったのかわからない」であり、
分析していくと「あてるべくしてあてる」にかわる。

たまたまあたったを分析し、どうあてるべくしてほか分野もあてていくのか?

どーでもいい話題かもしれないけれど気になった。
いかに成功事例(失敗を含む)をかみ砕いていくか?

事例分析からの抽出をやっていくので、
ぜひ上記ノートに入ってフォローしてね♪

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Writer軽い自己紹介

ティラノスクリプトや小説家になろう、ピクシブ他で物語を書きながら、 「私が気になった事件」の裏側を作家の視点で書いているおっさん。

プロフィール画像は自画像でなく、Megabe-0ブログのマスコット、めがびちゃん。

 

雷が苦手で、光を見ると頭が固まる(元から固い)。 月初めは墓参りと神社参拝を行い、賽銭箱へ1万円を入れた際、とても気持ちがすっきりした。

 

■ 簡単な自分史 ■

0歳:釧路のある病院で生まれる。暇さえあれば母乳を吸って、ご飯を4膳食べても体重が落ちるほど、母のダイエットにものすごく貢献したらしい

 

3歳:行方不明になり、全裸で海を泳ごうとしたところ、いとこのお姉さんに発見され、この世へ留まる

 

8歳:自分のお金でおもちゃのカードを初めて買い、経済を知る。なぜか父親に怒られ、家出するがすぐに見つかる。

 

12歳:学校で給食委員長になる。委員長として初めて全校生徒の前にて演説する際、原稿用紙を忘れてアドリブで笑いを誘いながらも何とかやり過ごし、多くの生徒に名前と顔を覚えてもらう。また、運動会の騎馬戦では変なアドリブを行い、多くの笑いを誘った。

 

18歳:初めて好きな人ができたけれど、告白が恥ずかしくてついにできず、別れたことを今でも根に持っている(妻となる人にははっきり言えてよかった)

 

21歳:大学在学中、アルバイトを始める。人手不足かつとても忙しい日々を過ごしながら「どうせなら自分から楽しいことをしていきたいなあ⇒起業って選択肢があるのか」働き方の選択肢を見つける

 

27歳:自分で作った会社がうまくいかず、一度たたんで都落ち。実家でとことん自分を責める日が続く。「何をやっても駄目だな、お前は」など。自分を責めても自殺ができず、体中から毒素があふれ出て苦しい日々を送る。寝るのも怖かった日々。

 

28歳:「このままじゃいけない」決心を決め、小学校からの勉強をやり直す。高校の勉強で躓きながらも、学び直すうちに「自分は何もわかっていなかったんだなあ」大切な教えに気づかされる。 加えて、小説やイラストなど「今までの自分が手を出さなかった分野」に手を伸ばしてみた。

 

29歳:「定義」と「自己肯定」こそが生き方を決めると気づかされ、不安な日々が起きても、心が強くなったと感じる。でも子供の誘惑にはめっぽう弱くなる。

 

35歳:人生初の交通事故(物損)に出会う。冬道の運転で車を上下に大回転(スピンではない)を体型氏、何とか命を取り留め、なぜ生きているのかわからない状態に陥る。

自分の生き方はすべて自分が握っている。わずかな瞬間にしか現れない「自分の真実」を表に引きずり出し、ピンチからチャンスを生み出す発想や視点をブログやメルマガ他で提供中。