財布布団で金運を上げる道具より運気を超下げるコツ

おはよう、しゃしゃ。

金運アップとして財布を大切にする方法がある。

手段としてまさか「財布を布団に寝かせて金運を上げる」
と爆笑するやり方があったのだ。

今回は金運に関する話を一つしたい。

 

財布を金箔布団に寝かせたら運気が上がる?

財布布団

財布布団の公式HPを見ると、
140年前から「財布を特殊布団に寝かせ、金運を上げる」
方法があって、多くの財界人や政治家も利用していたんだと。

お客様の声として、財布を特殊布団へ寝かせるようになってから、
臨時収入が上がったり、宝くじに当たりやすくなったり……

購入すれば「しゃしゃも同じ効果を得られるよ」と、
ページには書いてないけれど、ほのめかしているね。

ユーチューバーのヒカキンさんほかも、
特殊布団を購入し、驚いている顔が写っている。

調べたら伊勢神宮も財布布団を販売している。さすがに笑ったわ。

神社も経営となると大変だもんなあ。

さて、この方法で金運は上がるのだろうか?
いわれたら正直わからん。

わからないからこそ、幸運布団は価値を抱く。
非科学的な手法だからこそ、非科学的な人がほれ込む。

科学ではどうしようもない領域を実感する人、
「自分以外の見えない力」が働いていると実感できる人ほど、
幸運財布の良さと面白さに価値を抱く。

私は「面白いじゃないか」思った。
面白いってところが金運を上げる一つのポイントだ。

今は「幸運」や「開運」の財布やつぼなど色々ある。
実際に高いお金を払ったのだけど……本当に運気が付いたか?

運気は主観でしかない。

あるいは客観的にみて「この人運気があるなあ」思っても、
当の本人が「ああ、不幸だなあ」正反対の事例だってある。

例えば周りにとって「憧れの仕事」についたAさん。
しかしAさんは「あまり好きでない、成り行きでなった」仕事であり、
周りは「Aさん幸運」思っても、本人は不運と抱いている。

反対にリストラで会社を辞めさせられたBさん。
周りは「あんな待遇の厚いところで働いているにもかかわらず、
辞めさせられるなんて、Bさんは何と不運か!」

Bさんは「ブラック企業を辞められた、よかった」と、
周りと反対に幸運だと考えるのだ。

結果、運気は当事者の主観でしかない。

金運をもたらす布団を購入し、運気が付くかどうかは、
当人が実感するまで全く分からない。

参照:神社と経営

 

豊かさを呼び込む行動をとった結果

私は心屋仁之助さんのお金に関する本を読み、実行した。

例えば神社に1万円を賽銭箱へなげいれた。
支払うお金が数日後にあったのだけど、1万円を使ってみた。

結果、数日後のお金を払えなくて、ピンチからの逆転など訪れなかった。

他人に頭を下げて、他人に建て替えてもらった。
(のちにお金を返した)

結果をどう解釈するだろう?

普通に見ると「賽銭箱に1万円を入れれば、豊かさを舞い込める……
ってのは幻想で、やっぱり現実はそーだよね
」と捉える。

しかし物事は「視点」によって考え方や捉え方も変わる
別な視点で見てみよう。

払うお金がなかった。そこで他人からお金を立て替えてもらった。
立て替えた人から見て、彼は信用があるのだな

潜在意識系の本を読んでいる人から見れば、

潜在意識は自分も他人も区別がなくなる。
結果、自分=他人という図式から、彼はお金を払える能力がある

上記二つは変な解釈だが、解釈の変換こそ逆転の発想でもある。

変な解釈に当てはめると、私は金運があると結論づける。
普通の解釈で見れば、私は金運がないとみなせる。

運気は自分で決められない、生物でいう自律神経だ。
(呼吸だけ自分で意識できる)

自分が変な調整をしなくても、体を気遣い感謝すれば、、
運気は知らない間について、循環してくれる。

なおこの時の記録についてはこちらで詳細に語っているよ。

 

財布布団に見られる「金運の本質」

「財布を人間と同じように布団へ寝かせる」発想が人間らしくて面白い。

私の中ではあるようで「全くない発想」だ。
面白いと感じる心は何を示すか。

エンターテイメントだ。

金運の付いた布団に財布を寝かせて金運がつくかどうかは、
購入者の主観でしかない。

客観的に分かる事柄として「臨時収入」を上げる。
宝くじが当たる、人からお金をもらう、利益が伸びる、などだ。

客観的に分かるものが来ないと、
「何も金運が付いてこないじゃないか!」裏切られ失望する。

私なりの視点として、

  • 運気を上げるために購入すると、下がる確率が高く
  • 面白いから実践してみたくて購入すると、上がる確率が高い

財布布団の主な購入者層は「金運を上げる」手助けだ。

主な目的で買うと「お金が増えなければならない」と考え、
ストレスになり、運気が上がっても「不幸な自分」に支配される

結果、金運が下がってしまう。

反対に「面白いから」と主目的層と違う人が買うと、
おもちゃのごとく遊んで消費して終わりだ。

ついでに運気も上がればいいね~感覚でしかない。
あまりストレスをためないので、気がほぐれ「チャンス」を見つけやすい

ストレスは目前にある大きなチャンスを簡単に見逃す。
気がいい感じでほぐれると、わずかなチャンスへ気づきやすい。

一番は「金運を気にしないで、面白さを作り出す」自分だ。
面白さを作り出す考えを持てば、チャンスは目の前にある。

財布布団を買う場合、金運を上げたいという目的より、
「面白いから試してみよう」感覚でいい。

むしろ「臨時収入など金運を上げたい」考えはおすすめしない
臨時収入を得ても「お金に対する不満」が募り、
無駄なストレスを抱くだけだからだ。

 

金運を大きく下げる一つの事実

身口意

私が生きていて「大きく金運を下げる事実」をつかんでいる。
人間の心と頭はそれぞれ考えが違う。

頭は「計算したうえでの未来」を優先し、自分の体を支配する傾向が強い。

一方で心は「計算できない領域、感覚」を重視し、
自分の脳では「無理だろ」全否定するほど、
予測絶対不可能で面白すぎるな未来を知っている。

しゃしゃが何か言葉を発した際、
丹田がじわりじわりと温かくなれば「必ずやれ!」であり、
冬ですら靴下をはかなくてもポカポカするよ。

頭は基本「計算した未来」だけを見る。
計算外にある未来や可能性は「無理、やりたくない」否定する。

それでいて「どうしよう、もうだめかもしれない」と、
計算された未来の極限値を見据えて、やる気を失う。

だからこそ、金運を大きく下げたいなら、
計算された未来–脳みそ–に従って生きよう

もう一つ、脳が何をすればよいかわからず混乱して動けないときほど、
金運を大きく下げている状態なので、いったん頭を整理しよう。

あれをやらないと、これをやらないと……ああ、なにも手をつかない。やりたくないこと、やっている暇じゃないのにこれをやっているなんて!

この状態は確実に金運を落としているからね。
本来やりたいことがあるのに、なぜかやらない。

反対にやりたくないことだけど「目先の欲望」につられ、
ついやってしまう「どーでもいい」行動

脳と心の動きはこちらでも語っているから、ぜひ読んでおいてほしい。

 

道具は手段、本質は覚悟

「財布布団」や「お月様に財布ふりふり」、
「神社で1万円を投げ入れる」
といった行動はすべてエンターテイメントでしかない。

必然で金運を上げるなら、自分が計算した未来に自分から逆らい、
犯罪以外のやりたいことを次々とこなす覚悟が必要だ。

要は自分の恥や怖さを自ら壊していき、
ガンガン攻め込む行為が必要である。

金運財布は「面白い」思ったが、あくまでもエンターテイメントだ。

エンターテイメント意識は「面白い何か」を生み出し、
「面白さを欲する人々」を呼び寄せる傾向がある。

エンターテイメント/面白いじゃん、これ!
感じたら財布布団を手にし、実践してみるといい。

布団:仲手川財布店【お財布専用ふとん】

 

日記:本を読んで即実践♪
実写

先日、美術の窓という雑誌で女の描き方を特集していた。
そこに書いてあった髪の毛の描き方に興味を抱き、すぐさま実践しました。

結果が上記のイラストです。

本:美術の窓 2018年 3月号 [雑誌]

パソコンで書いているときは違和感がなかったのに、
インスタグラムにイラストを上げると「あれ、おかしいな」と。

髪の毛を細かく描いたはずなのに、全く細かくないやんけと。

今使っているパソコンのモニターとスマホでは大きな差が生じている。

「モニター、新しいのを買わないとダメかなあ」

なお上記イラストは普段、自分がやっている塗り方ではないので、
いろいろ気づくところがあり、勉強になりました。

運気を上げるの、新しい何かに挑むのもあると思っています。

お願い

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お知らせ

megabe-0へ訪問した"本当"の理由

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Writer軽い自己紹介

ティラノスクリプトや小説家になろう、ピクシブ他で物語を書きながら、 「私が気になった事件」の裏側を作家の視点で書いているおっさん。

プロフィール画像は自画像でなく、Megabe-0ブログのマスコット、めがびちゃん。

 

雷が苦手で、光を見ると頭が固まる(元から固い)。 月初めは墓参りと神社参拝を行い、賽銭箱へ1万円を入れた際、とても気持ちがすっきりした。

 

■ 簡単な自分史 ■

0歳:釧路のある病院で生まれる。暇さえあれば母乳を吸って、ご飯を4膳食べても体重が落ちるほど、母のダイエットにものすごく貢献したらしい

 

3歳:行方不明になり、全裸で海を泳ごうとしたところ、いとこのお姉さんに発見され、この世へ留まる

 

8歳:自分のお金でおもちゃのカードを初めて買い、経済を知る。なぜか父親に怒られ、家出するがすぐに見つかる。

 

12歳:学校で給食委員長になる。委員長として初めて全校生徒の前にて演説する際、原稿用紙を忘れてアドリブで笑いを誘いながらも何とかやり過ごし、多くの生徒に名前と顔を覚えてもらう。また、運動会の騎馬戦では変なアドリブを行い、多くの笑いを誘った。

 

18歳:初めて好きな人ができたけれど、告白が恥ずかしくてついにできず、別れたことを今でも根に持っている(妻となる人にははっきり言えてよかった)

 

21歳:大学在学中、アルバイトを始める。人手不足かつとても忙しい日々を過ごしながら「どうせなら自分から楽しいことをしていきたいなあ⇒起業って選択肢があるのか」働き方の選択肢を見つける

 

27歳:自分で作った会社がうまくいかず、一度たたんで都落ち。実家でとことん自分を責める日が続く。「何をやっても駄目だな、お前は」など。自分を責めても自殺ができず、体中から毒素があふれ出て苦しい日々を送る。寝るのも怖かった日々。

 

28歳:「このままじゃいけない」決心を決め、小学校からの勉強をやり直す。高校の勉強で躓きながらも、学び直すうちに「自分は何もわかっていなかったんだなあ」大切な教えに気づかされる。 加えて、小説やイラストなど「今までの自分が手を出さなかった分野」に手を伸ばしてみた。

 

29歳:「定義」と「自己肯定」こそが生き方を決めると気づかされ、不安な日々が起きても、心が強くなったと感じる。でも子供の誘惑にはめっぽう弱くなる。

 

35歳:人生初の交通事故(物損)に出会う。冬道の運転で車を上下に大回転(スピンではない)を体型氏、何とか命を取り留め、なぜ生きているのかわからない状態に陥る。

自分の生き方はすべて自分が握っている。わずかな瞬間にしか現れない「自分の真実」を表に引きずり出し、ピンチからチャンスを生み出す発想や視点をブログやメルマガ他で提供中。