dmmによるcash買収のキッカケ。
気軽すぎ!!#凄い pic.twitter.com/WdxCCOJtuB— 桂隆俊 (@taka_katsura) November 20, 2017
おはよう、しゃしゃ。
「お金の流れ」を示す事件が一つ起きた。
ツイッタートレンドにあった、
CASHアプリをDMMが70億円で買収した。
きっかけが上記ツイート。軽いなあ~
「今、自分のところにお金が流れてこない」
悩んでいるなら今回の事例は参考になると思うよ。
「一瞬」でお金は流れる
CASHがDMMに70億円で買収された…って凄い話。
実質、CASHが稼働していた時間なんてせいぜい数ヶ月で、システム構築だって別にウン億円かかったわけでもないだろうしだから、70億円のうち69億円くらいが「アイデア料」ってことになる。経営者としては大成功ですね。 #CASHhttps://t.co/aQTUznLEJJ
— クレジットカードの読みもの (@cardmics) November 20, 2017
CASHアプリは何度かツイッタートレンドに上がっている。
CASHアプリは「自分の持っている道具」をCASHアプリにさらした際、
「これは○○円ですよ~」一瞬で金額に変換できるアプリだ。
DMMの亀山社長がCASHアプリに興味を抱き、
「うちの会社(DMM)に売ってくれ」
CASHの代表者に申し込んだところ、すぐ取引が成立。
70億円というお金が「一瞬」で動いた。
「一瞬で動いた」事実こそ、つかんでおくべき事実だ。
まさか会社ごとCASHになるとは…2ヶ月で70億円は色々日本記録だと思う。すごい > サービス運営2カ月弱での大型イグジット、買取アプリ「CASH」運営のバンクをhttps://t.co/i6lP5nQhzSが70億円で買収 | TechCrunch Japan https://t.co/QcE1ZbjEjI
— ashikagunso (@ashikagunso) November 20, 2017
CASHアプリをすぐ作って、すぐ買収したわけではない。
創って話題に上がり、時間を経て買収へ至ったわけだ。
すぐ作ってすぐ売れるのでなく、
作成後に話題となって脚光を浴びてから売れた。
そばつゆを作る過程と同じかな。
そばつゆを作ってからすぐそばを食べるのでなく、
時間を置いて寝かせてからそばを食べると、すぐ食べるよりおいしい。
カネ余りという考えに面白さを抱く
サラリーもらっている人はわからないけど、世の中は基本的にカネ余りなのですよ。大量のお金が行き場を求めて眠っている。良い使い道を市場にアピールできれば、お金はごそっと流れ込んできます。
— ikehaya | Blockchain (@IHayato) November 20, 2017
お金の流れに関して、イケダハヤトさんが面白いツイートを載せている。
「世の中は基本的にカネ余り。大量のお金が行き場を求めて眠っている」
お金に対する定義が面白いと思ったよ。
「お金がどんどん無くなり、失われていく」
しゃしゃがお金に対して考えているなら、
彼の発言はお金の定義をひっくり返す意味で面白い。
定義がひっくり返ると、価値観や計画も大きく変わる。
「お金はどんどん無くなり、失われる」
お金を得るには誰かから奪わなければならない。
やりたくない仕事に対し、体を壊してでもやらねばならない
「お金は余っている」
お金を得るにはお金の使い道を考えて流したほうがいい。
余りすぎて困っているのだから、良い企画を立てて使わせた方がいい
定義を一つひっくり返すと「その後」も大きく変わる。
反対に今、自分の生活に苦しみを抱いているなら、
「定義」を誤っているからだ。
お金一つでも「枯渇」と「余剰」のどちらを前提に置くか?
余剰を前提に置いたら「うまく流す」戦略を考え、
枯渇だと「奪う」戦略を考えるようになるよ。
自分のところにお金は流れるのか?
私のブログでアフィリエイトの報酬が発生している。
ブログをやり始めた当初、
「うちのサイトで収益が出るのかなあ?」
思っていたのだけど、試行錯誤をこなした結果、
「うちから10万円もする商品をお買い上げいただいた」
「やり方次第で、どんなサイトでも収益は出る」
確信を抱くようになったよ。
収益を得続けるには根本的な考えを改めねばならぬ。
考えの基本が「定義」だ。
この事業は伸びそう。上位層にとっては学校教育が絶望的に無意味(できない層に合わせられる)なだけに、いかに国から子供の才能を防衛するかは親の重要なスキル/「宿題を外注して受験勉強に集中させたい」といった思惑宿題代行が横行 教師困惑「受験に集中」保護者が依頼 https://t.co/V5PiPNXQrL
— 渡邉正裕 (@masa_mynews) November 18, 2017
受験勉強でも同じ。あるところで成績が止まった。
「今までうまくいっていたのに、どうしてこれ以降伸びないんだ?」
思った場合、教科書に書いてある言葉の定義を正しく捉え直そう。
試験で問題を解く際、なんとなく捉えている部分に対し、
「あれ、これってどういう意味だっけ?」
悩みが生じ、焦り、混乱し、本気を出せずに間違える。
受験勉強の場合は定義を見直す。
ビジネスや創作なら定義を書き換える。
「お金の流れ」について、自分で実際に定義をしているだろうか?
誰かさんの考え(特に両親)の染まり、
「いつの間にか」お金はこうだと思っていないだろうか?
定義を変えれば戦略が大きく変わる。
やるべき作業も変わり、未来も変わるよ。
ネットを使うと盗聴されるという工作
岸井成格「私も青木理も盗聴対策しネットを極力使わない!ネットが始まった時に政府の情報機関OBから『盗聴されるから気をつけろ』と警告が来た!電話してたら盗聴された!情報を誰が使い・誰が分析してるんだ!恐ろしい!」
関口宏「厄介な時代が始まった」被害妄想の極み#サンデーモーニング pic.twitter.com/EPFISGid92
— DAPPI (@take_off_dress) November 19, 2017
サンデーモーニングで面白い話題があった。
毎日新聞の岸井成格さんは述べている。
「自分はネットを使わない、国から盗聴されるのを防ぐためだ
(ネットをあまり知らない視聴者に対し、
ネットを使ったらあなたの電話は盗聴されますよと教えている)」
報道関係者は電話と情報が命だ。
ネットを使わないでいると、最新情報を逃してしまう。
ライバル社に特ダネを引っこ抜かれてしまう。
私は岸井さんの発言を嘘、情報工作の一環だと捉えているよ。
(そもそも国から盗聴されるほどの価値があるのかと)
仮に事実なら、私は思う。
「毎日新聞は今の時代がもたらす流れに乗れない、
古い情報と時代にいつまでもしがみついている、
今の視聴者を置いてけぼりにした、価値のない報道機関」
TBSサンデーモーニングの岸井成格が、盗聴対策しネットを極力使わないと発言。政府の情報機関OBから『盗聴されるから気をつけろ』と警告が来たとも発言。大ウソつき、仮に対象者ならOBと言えども職務違反てあり警告など絶対にありません。よく小物が大物ぶるためにマークされていると言います。
— 井上太郎 (@kaminoishi) November 20, 2017
岸井さんの発言は「ネット」に対する定義を、
視聴者へ書き換えさせている行為(洗脳)だ。
私たちは生きていると、日々誰かの言葉を受け取り、
いったん自分で考えないで受け入れたまま、心の奥底へしまい込む。
結果、ある行動をしようと企んだとき、
「心の奥底へしまい込んだ言葉」が姿を現し、
しゃしゃの行動を邪魔しようと企む。
この場合だと、インターネットを使おうとした視聴者が、
岸井さんの発言を思い出し、
「やっぱりネットを使うのやめようか(盗聴されるから)」
岸井成格が盗聴対策でネットは極力使わないと発言ですね。相変わらず良く分からない発言です。携帯電話ですら全てをIP網に移行するご時世です。膨大な通信量から特定の通信だけを狙ってパケットキャプチャーすると言う事なのでしょうかね。
— bellbelo99 (@bellbelo99) November 20, 2017
サンデーモーニング側からすれば、
ネット(特にツイッター)を見れば、様々な情報があふれ、
自分たちの主張を疑いもなく受け入れてくれない。
洗脳にとって都合の悪い事実がネットにある。
だからネットに触れさせないよう、工作を働きかけて、
「サンモニが最も望む、理想の視聴者」を作ろうと企むわけだ。
良い流れを作るなら「定義」を変えよう
「今の生活が苦しくてたまらない。
何とかしたいけれど、どうしたらいいかわからない。
賢ちゃん、どうしたらいいんだろう……」
思った場合、「定義の確認/書き換え」をしよう。
お金一つでも定義が変われば、価値観・戦略・作業も変わる。
イケハヤさんの主張「お金が余っている」は、
事実でも真実でもないかもしれぬ。
「お金が余っている」とお金に対する定義を書き換えると、
「余っているのだから、面白い使い道をどんどん考えよう」と、
お金をいかに流すか、考え方が変わり、未来も変わる。
今、お金に対して私は定義を書き換えた。
「私を含む、すべての人はみんな豊かで金が余りすぎている。
使っても使っても余るほどだ」
定義を変えたら欲求を考えると、さらに面白くなる。
「どこへ使ったら、気持ちよさを味わえるか?
わからないから、使いたくても使えない」
しゃしゃの財布や銀行残高にお金がなくてもかまわない。
銀行か誰かにたくさん預けているものと考えてしまう。
お金以外でも定義を変えてしまおう。
仕事、趣味、生活……あらゆるものに対して、
定義を書き換えたら、新しい生活を送れるね。
おまけ:定義ほど面倒なものはない

インスタグラムでイラストを上げています。
イラスト一つにも定義があります。
落書きとしてイラストを描くのか。
仕事の一環として描くのか。
ある程度イラストを描くと、定義も少しずつ変わっていくのです。
何をしたいからイラストを描くのか。
世界観をみんなと分かち合うために描くのか。
きちんと考えているところは考えている通りに、
何も考えていないと、途中から訳が分からなくなっていく……
イケハヤさんの「カネ余り」を作品にも応用すると、
「今も多くの人は読者余り、大量の読者が行き場を求めて眠っている」
そう考えると、読者にとって良い何かを伝えられたら、
読者が流れて来るのかなあ~と思ったのです。
今までこんな発想を抱いてなかったので、
「価値観が変わったなあ」と思いました。
