おはよう、しゃしゃ。
情報業界では朝日新聞が個人に対し、
「申し入れ書」という質問書を送っている。

足立康史議員、小川栄太郎さん、高山正之さん……
そのうち、私も標的に合うのかな?

それは置いとき、前川喜平さんが寺脇研さんとの対談で、
ネトウヨに関して面白い発言をした。

発言したところから、気になったことを書きたい。

 

前川喜平さんの言うネトウヨって?

対談サイトは下記に書いてある。
記事を一部引用するね。

「『ネトウヨ』といわれる人たちは、きっと自己肯定感の低い人たちなんだろうと思います。『個の確立』ができていないのでしょうね。ある意味、教育の失敗だと思います。学び直す機会が必要なんじゃないでしょうか」

対談:前文部科学事務次官いわく、ネトウヨは「教育の失敗」

ネトウヨに関する発言はここまでだ。
詳しい内容はこちらの本にでも書いてあるのだろうか?

なぜ前川さんにネトウヨを定義してもらわないといけないか?
私たちが勝手に定義を決める/推測するからだ。

前川さんの思うネトウヨ像って私のような、
理屈が強く、相手(前川)の発言にいちゃもんを付けて、
資料無の罵倒もあれば、きちんと資料をもって批判する人、
くわえて日本が好きで愛している人
だと思う。

私は自分がどの立場にいるかわからない。
ネトウヨにもなるし、立場によってパヨクにもなるし、
右翼、ウヨク、左翼、サヨク、リベラル、保守……

時と場合でころっころ変わる。
自分では保守だと思っても、相手からリベラル扱いされる。
一言でいうと、よくわからない。

ただ根底に今いる国「日本」は不満があっても、
基本的に日本が面白いし好きだ

昔「日本が好きだよ、愛しているよ」発言した人に対し、
「うわ、この人は危険だ。近づくのやめよう」
何かわからないけれど、そういう気持ちを抱いた自分がいる。

今思えば自虐史観洗脳の一環だったのかな。

日本の未来を育てるために働く人々に目を向けたとき、
初めて、自分は日本が好き、愛していると言えるようになった。
(働く人々:天皇や政治家、企業家に個人など、自分を含む働く人)

日本が好きという発言は、
日本のために働く人々にねぎらいをかける言葉であり、
自分に対しても「感謝」を述べる
発言だよ。

前川さんから見たら、私をどう判定するのだろうか?

 

追記:前川さんの言うネトウヨとは

引用記事は143ページにあった。

文脈は朝鮮学校の無償化に関して、寺脇さんが「売国奴」と罵られる。
公務員として国の務めを果たしているのに、
多くの人から「売国奴」罵られ、とても怒っていた。

その文脈を受けて「ネトウヨは~」続く。

ネトウヨの定義をしていなかったけれど、
「朝鮮学校の無償化に反対する日本人他」をはじめとして、
「公務員の仕事に対して、不当な評価を下す人々」も、
前川さんの言うネトウヨの定義に当たるのだろう
と私は読み取った。

対談は北朝鮮人という国籍はなく「無国籍」表現など、
教育業界関連の裏話を知りたいと思ったら読んでみればいい。

本(アマゾン):これからの日本、これからの教育 (ちくま新書)

本(楽天):これからの日本、これからの教育 (ちくま新書) [ 前川 喜平×寺脇研 ]

 

脱線:自治労の正体

前川×寺脇対談の近くにあった「自治労の正体」は面白かった。
対談本を読む/読まぬに関わらず、こちらは読んだほうがいい。

日教組や朝鮮学校、「どこかの団体に配慮した」ニュースなど、
背後にいる自治労の動きについて書いている。

特に自治労が増税を望んでいる理由は「なるほど」思った。
民主党政権は「労働組合のための政党活動」もなるほどと思った。

私は二人の対談より森口朗さんの視点が面白いから、
少しでも日本の「背後」を知りたいなら読んでみよう。

本(アマゾン):自治労の正体 (扶桑社新書)

本(楽天):自治労の正体 [ 森口 朗 ]

 

教育の失敗や日教組に注目すると

文春の記事タイトルだけを見て、私は思っていた。
前川さんの言う「教育の失敗」とは何だろうか?

教育といえば日教組。日教組といえば組合
教師の何割かは反日で自虐史観思想持ち。

日教組というデータを入れると、
前川さんの言う「教育の失敗」と「ネトウヨ」について、
改めて別の方面から推測できる。

戦後、ずっと教師として「自虐史観」を植え付け、
「日本は悪い、他国に反省せねばならない。
日本は怖い、武力を一切持ってはいけない。日本は……」

日本にとって「悪い」方ばかり目を向けさせるはずだったのに、
「なぜか」自虐史観に染まらない日本人が増えてきた
(安倍政権が掲げる教育改革のせいだろう?)

日教組が想定する「結果」にならぬ現状にいら立ち、
「(自分らの思い通りにならない)ネトウヨは教育の失敗」
述べたのかなあと思ったんだ。

 

今後の教育課題「自己肯定感」

ネトウヨという単語を外せば、
「自己肯定感を自分で下げる生徒を増やした結果が教育の失敗」

今後の教育業界、日本のために課題が生まれたね。

「自己肯定感を高める」

自分がどんな情けなくても、みじめでも、恥ずかしくても……
否定したい自分がいる。

「いや、自分はすごいじゃん、私って面白いじゃん、楽しいじゃん」
自分をどんどん肯定していく。

自分を肯定するほど、確実に世の中は面白くなるよ。
人生が辛い大半の原因は徹底的な自分いじめにあるからね。

「俺って駄目な人間だなあ……なんであんなことをするんだ、馬鹿か」
自分に対するヘイトスピーチを自分の心にぶつけるんだ。

自分に対するヘイトスピーチをやめるだけでも、
自己肯定感が高まっていくよ。

自己肯定感を高めたら、日本を愛する人は増えると思う。

日本で働く人や日本人に対してツッコミどころはあるよ。
日本だって周りにとって良い行為もあれば、悪いことだってある。

表もあれば裏だってある。
感謝される行為もあれば、裏切られる、憎まれる出来事だってある。
細かく観ていけば、いろんな日本が浮かび上がってくる

今までは「憎まれる、恨まれる、感謝されない」部分を中心に、
戦後日本へ「知らぬ間」に植えつけられた。

大手メディアの一部は「あらゆる角度から見る日本の姿」に対し、
「やってはいけない」警告するところもあるよ。

今はインターネットやSNSで様々な情報が出回り、
テレビや新聞、ラジオなどで報じない状況を私たちが知った結果、

「日本って色々ある。でも、いい国だよなあ~」

結果として自己肯定感を高める方へ行くと思うんだ。
一気にはいかないだろうけれどね。

 

脳みそがもたらす言葉の罠とは

自己肯定感を語るうえで外せない部分が脳の仕組みだ。
人の脳みそって「対象者 (誰)があいまい」だ。

  1. 「日本(主語)」が誰かに乏しめられる⇒「私」が誰かに乏しめられる
  2. 誰かが「日本を」乏しめる⇒誰かが「私を」乏しめる。

誰かさんが日本を乏しめた。
誰かさんはしゃしゃを乏しめるわけじゃないのだけど、
しゃしゃが「日本国籍を持っている人」なら、脳が変換するんだ。

「日本⇒あ、日本国籍を持っている私だ」

この仕組みを反対に利用すれば、洗脳が出来上がる。
まずは佐藤さんが「しゃしゃに関わりのある存在」を乏しめる。
だんだん佐藤さんが「しゃしゃ自身」を乏しめる。

結果、しゃしゃは佐藤さん無しではいられない、
宗教でいうところの「信者」が出来上がる。

もう一つの利用法は「なりたい自分」を創り上げる。

「なんであの人は高い地位へ上り詰めているのに、
自分はこんな低い位置にいつまでもとどまっているのだ。
あの人がとっとといなくなればいいのに」

しゃしゃはこれまで、誰かに対して嫉妬心を抱いた経験はない?
私はある、今でも時々生じる。

脳は対象者を区別しない。
「高い地位にいるあの人」は「自分」になるわけだ。

すると、一つの認めたくない事実が浮かび上がる。
なりたくない、困る、恨む自分でいる方がいいと。

「自分は低い位置にいつまでもとどまっていたい。
低い位置にいるから、自由に発言できる。人からクレームをもらわない。
何より第三者から嫉妬心を抱かれない、精神的に楽」

低い位置でいるメリットに気づいてしまうんだ。

 

自己肯定感の応用

話し合い

※ インスタグラムで描いているイラスト

自己肯定感(自分を認めて愛する)は様々な方面で応用できる。
創作分野とビジネス分野は簡単に応用できる。

現在のビジネスは技術や関心の発達により、
「今までならできなかった分野」と絡めるようになった。

例えば今の時代に「古文」で書いたら面白いんじゃないか?
私が考えたとする。

でも同時に浮かぶ。
「古文なんて、今の人々に書いてもドン引きするだけ。
『何かいているんだ、賢ちゃんは』くらいしか思わないのでは?」

「古文を取り入れたほうが面白い」考える私と、
「やめとけよ、意味がないから」なだめる私。

「おかしくて意味がないかもしれないけれど、
変なことを思いつく自分が好き、愛している」

自己肯定感が出てくれば、
「古文」で文章を書く行為にためらいが生じない。

古文で文章を書いても、成果が出ないかもしれぬ。
でも未来は何が流行るかなど、予測もできない

面白いと思った考えをやらないよりはやったほうが、
何かしらの成果を得ると思っているよ。

自己肯定感を認めると面白い考えが浮かぶ。
けれど前例のない出来事が多いうえ、
会社だったら人員整理や売り上げなどに響く。

特にクリエイターや創作者なら、誰も応援していない時期がある。
自分の創作物にむなしいと感じるときもある。

誰も振り向いてもらえないかもしれない。
「自分の創作意欲を落とす言葉」に対して、
「私の作品はすごいんだ、根拠なんてないけれどすごいんだ」

ここに勝負が一つかかっているよ。

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著者紹介

千賢 光太郎
千賢 光太郎

ティラノスクリプトや小説家になろう、ピクシブ他で物語を書きながら、
「私が気になった事件」の裏側を作家の視点で書いているおっさん。

雷が苦手で、光を見ると頭が固まる(元から固い)。
月初めは墓参りと神社参拝を行い、賽銭箱へ1万円を入れた際、とても気持ちがすっきりした。

0歳:釧路のある病院で生まれる。暇さえあれば母乳を吸って、ご飯を4膳食べても体重が落ちるほど、母のダイエットにものすごく貢献したらしい

3歳:行方不明になり、全裸で海を泳ごうとしたところ、いとこのお姉さんに発見され、この世へ留まる

8歳:自分のお金でおもちゃのカードを初めて買い、経済を知る。なぜか父親に怒られ、家出するがすぐに見つかる。

12歳:学校で給食委員長になる。委員長として初めて全校生徒の前にて演説する際、原稿用紙を忘れてアドリブで笑いを誘いながらも何とかやり過ごし、多くの生徒に名前と顔を覚えてもらう。また、運動会の騎馬戦では変なアドリブを行い、多くの笑いを誘った。

18歳:初めて好きな人ができたけれど、告白が恥ずかしくてついにできず、別れたことを今でも根に持っている(妻となる人にははっきり言えてよかった)

21歳:大学在学中、アルバイトを始める。人手不足かつとても忙しい日々を過ごしながら「どうせなら自分から楽しいことをしていきたいなあ⇒起業って選択肢があるのか」働き方の選択肢を見つける

27歳:自分で作った会社がうまくいかず、一度たたんで都落ち。実家でとことん自分を責める日が続く。「何をやっても駄目だな、お前は」など。自分を責めても自殺ができず、体中から毒素があふれ出て苦しい日々を送る。寝るのも怖かった日々。

28歳:「このままじゃいけない」決心を決め、小学校からの勉強をやり直す。高校の勉強で躓きながらも、学び直すうちに「自分は何もわかっていなかったんだなあ」大切な教えに気づかされる。
加えて、小説やイラストなど「今までの自分が手を出さなかった分野」に手を伸ばしてみた。

29歳:「定義」と「自己肯定」こそが生き方を決めると気づかされ、不安な日々が起きても、心が強くなったと感じる。でも子供の誘惑にはめっぽう弱くなる。

自分の生き方はすべて自分が握っている。わずかな瞬間にしか現れない「自分の真実」を表に引きずり出し、ピンチからチャンスを生み出す発想や視点をブログやメルマガ他で提供中。

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