半分、青い. 最終回含め炎上から学ぶ脚本注意点

おはよう、しゃしゃ。
本日、NHK朝の連続ドラマ小説「半分、青い。」が終わった。

感想を拾っていくと、怒っている意見がとても多かった。
脚本は書かないけれど小説を書いている立場として、

「自分が半分、青いの脚本」を書いた前提で、
特に怒りの部分を抽出しながら、思ったことを書いていく。

 

脚本家の北川悦吏子氏に対するクレーム

私は半分、青いを見ていない。
朝は虎ノ門ニュース、土曜日はイラストの仕事と、
やるべきことがあるし、大した興味もないからだ。

半分、青いは前から脚本家、北川悦吏子さんに対する、
クレームを多く見かけ、ツイッターでも「#半分白目」
として、
半分、青いに対するクレームを書いたツイートを見かけたよ。

脚本家として「その態度で物語を書く態度、おかしくない?」
半分、青いが最終回になる前から、よく見かけたよ。

小説を書く立場として、自戒を込めて出していこう。

なお半分、青いにおける1話ごとのあらすじと感想を、
こちらのサイトでまとめてくれているから、気になったら読んでほしい。

参照:朝ドラPLUS「半分、青い」一覧

 

きちんと取材(調査)したのか?

参照サイトにある半分、青いの展開によると、
最終回直前で東日本大震災が起きた。

東日本大震災が起きた後、主人公らにどんな出来事があったのか?
これからどういうイベントが訪れるのか?

以前の問題として、東日本大震災に対する出来事を描写していない。
東日本大震災時、現場へ簡単に足を踏み入れられたのか?

半分、青いの視聴者には東日本大震災時、
仙台地方にいて被害を受けた人も見ている。

実際に被害を受けると、その状況を思い出し、
「いつ、どこで、何が起きたのか」を説明できる。

私も胆振東部地震において停電した際、

  • ソーラーパネルのある家ですら電気が通っていなかった
  • 信号が機能せず、一部の信号機は走るのも大変だった
  • 冷凍庫の中身において、一部が腐りかけていた
  • 夜空がとてもきれいで感動した

など、実体験をもとに感動を描写できる。

北川悦吏子さんが全く取材しない、情報を集めないで、
東日本大震災時を描いたとは思いたくないけれどね。

プロだもん、取材は最低でもするでしょと。

ちなみに東日本大震災時の記録は国土交通省のページから読めるよ。

史料(PDF):国土交通省による「東日本大震災時の記録」

 

事件が起きて「あの人」の行動があり得ない

東日本大震災時が起きたとき、主人公鈴愛(すずめ)の友達、
ユーコが仙台にある海岸から近い病院に勤務していた。

津波に飲まれ、看護師ユーコは亡くなった。
津波が起きたとき、看護師として「あり得ない」行動に、
腹を立てている視聴者ツイートがあったよ。

「ある事件が起きたとき、その人の行動っておかしくないか?」

視聴者にとって「非常識な対応」を見た際、
「常識じゃそれ、ありえないから」と怒る。

ドラマによっては非常識な対応もいいが、
ドラマの世界観(初期条件or前提条件)を出さねば、
「これ、ありえないだろ」クレームが生まれる。

例えば半分、青いの世界観が「超能力を普通に使える」前提なら、
東日本大震災時、津波から逃れるために空へ瞬間移動しても、
「超能力を使えるから、おかしくない」視聴者は思う。

「超能力が使えない、あり得ない」世界観で、
津波から逃れるために瞬間移動を行うと、
「いやいや、それあり得ないし、おかしいから」突っ込むよね。

津波が病院へ迫るシーンにて、
ユーコの「公(ナースとしての仕事)」でなく、
「私(携帯電話を取り出して、メッセージを書き込む)」を優先し、

「看護師として、その行動はあり得るのか?
患者を巻き込んだ自殺にしか見えない」と受け取られた。

ユーコがもともと自殺願望者であり、
患者に対して愛情がないのなら、この描写はありかもしれぬ。

ユーコが普段、どう描かれているか。
少なくともユーコは自殺願望者として描かれていないね。

半分、青いを見ていた視聴者が朝日新聞の上記ソースを見つけた。
北川悦吏子さんは朝日新聞の記事をもとに、
ユーコの死を組み立てたのではないかと推測していた。

元記事を読むと、最後まであがいているんだよね。

 

脚本家は人間に敬意がない?

私にとってぐさりと突き刺さるツイートを見かけたよ。
自分が書いている物語はどう? 愛情を注いでいる?
単なるコマとして人間をみていないか?

上記ツイート主の意見を拾っていくと、
「根底に人を見下しているような感じがする」あった。

主人公に対しても上記ツイートのような感想もあった。
もうちょっといたわってあげてもいいんじゃないかと。

脚本一つから、書き手の心理が透けて見えるのかと思ったら、
現在、この記事を書いている自分も丸裸にされていると思い、震えたよ。

 

ドラマに感情移入できない理由

作品を書く立場として上記ツイートも勉強になる。
物語を書く上で、事件やエピソードはたくさんある。

「感情移入につながるエピソード」を取捨選択する。
私も物語を書いているから、いる話もあれば、いらない話も書く。

いらない話は主演人物にとって「どんな影響」をもたらすか。
主演人物の「どの部分、魅力」を描くか?

アメリカではある映画を書くとき、チームとして脚本を作り、
それぞれの脚本家が意見を出し合って批判しあいながら、
納得できる展開を出していくそうだ。

半分、青いの場合は北川さんだけが脚本家なので、
脚本を批判してくれるスタッフはどんな判断を下したのだろう。

多くの人がかかわるドラマの場合、
脚本家にくわえてソース元確認者こと編集者が必要だなあと思ったよ。

もちろん、編集者は脚本会場に常識を知っておかないと、
後で作品すべてにおいて恥をかくので、大変な仕事なんだけどね。

 

テーマの差における東日本大震災

記事を更新したのち、さらに感想を調べていくと、
「物語の根幹」につながる個所を述べているツイートがあった。

「物語の趣旨」を踏まえたうえで、事件がどうかかわるのか?

趣旨を踏まえないうえで事件を描いても、単なる道具にしか過ぎない。
ここは今書いている物語に対して、反省しなければならぬ。

 

北川悦吏子氏の文章が変?

北川悦吏子さんはツイートをやっている。
彼女のツイートは本の紹介やインタビューを載せる一方、
時折自分の周りに起きた出来事を述べている。

単なる出来事においてもクレームが多かった。
「言葉の使い方、ちょっとおかしくない?」という意味で。

例えば上記ツイートを読むと、違和感を抱かないだろうか。

答えは上記ツイートで説明している。
何も「高飛び」と書かなくてお「旅行」で十分に通じる。

言葉の使い方について、私も人のことを言えぬ。
脚本家は一応、言葉において「正しい使い方を知っている」前提で見る。

だからこそ、変な使い方をしたら思ってしまう。

「この人、言葉をうまく扱うプロか、大丈夫か?」

半分、青いが酷評を受けている一つの事情として、
脚本家の人柄も現れているのかなあと思ったよ。

ツイートの中には「脚本家の心理が透けて見える」書いてあったし。

 

ビジネスの場でも致命的な「言葉の使い方」

私の知り合いで、コンサルタントを生業としている知人がいる。

彼はクライアントにビジネスの指導を行う際、
必ず「言葉の使い方」を指導している。

言葉の使い方、文章の組み立て方一つに、
「その人の知性や信頼」がにじみ出ており、
第三者が「信頼するか、舐めた目で見るか」の指標となりやすい。

いくら実績があっても、言葉の使い方がおかしいと、
「この人に心酔するほどでもないな」判断する。

心酔レベルだと、単なる見込み客から「今すぐ購入するお客様」
へと変化し、今後の商売につながるよ。

私は今でも言葉の扱いにおいて、小学生レベルの間違いを犯す。
結果「けんちゃんは大したことねえなあ」思われているだろう。

なおこの部分を別の視点から見ると教養になる。
教養についてはこちらを読んで、焦りを体感してほしい。

 

ある指摘がNHKではこう変わる

過去のNHKの朝ドラで批判が「感動」へと置き換わり、
「視聴者には大好評だった」と情報を書き換えているそうだ。

過去にドラマでも同じ書き換えをやっていたのか。
ドラマなら別にいいやと、私は思ってしまうよ。

ある番組において、必ず批判する人もいれば、
「ここがとてもよかった」と感動する人もいるからさ。

という解釈で自分はこのツイートをとらえたら、
ご本人から以下の連絡があった。

※のちに上記ツイートご本人から連絡をいただき、
私の早とちりとして誤った解釈を載せてしまいました。

申し訳ございません。

自分の間違い(意図しない解釈)も含めて載せておく。

 

視聴率の高さは批判のおかげ?

記事をあげたのち、半分、青い。に関するハッシュタグを追いかけると、
半分、青いというドラマがなぜ視聴率が高かったのか?

上記の意見を読んで納得した。

批判を集めるドラマはなんだかんだ言って面白いし、気になるし、
リツイートほかで拡散されやすい。

私おフォロワーが半分、青いのドラマについて、
「この部分、展開が雑だよね」としって、少しは興味を持った

※自分はドラマを見ていない。

読者を引き寄せるという意味では成功しているんだね。

 

アイディアの取捨選択は共感できる

私は最初、鈴愛が漫画家になっていくだけだと思った。
半分、青いを見ていた妻から聞いた部分だからね。

途中で漫画家をあきらめ、ほかの仕事についた。
そこまでは驚かなかったが、最後は発明家になっていた……?

漫画家をあきらめなくても、兼業でやれるイベントがある。

後から「あーだこーだ」言えるけれど、
書いている途中は「まさかこうなるとは」思わないんだよね。

書いている最中にたくさんのアイディアが出る。
アイディアをいったん整理しないまま、あれこれ入れると、
現在の半分、青いになりやすい。

アイディアは素晴らしいほど展開をぶっ壊してでも、
「入れたい、入れたいんだよ~~」誘惑が生まれる。

しかし誘惑に従って脚本を書くと、
ある部分で「あのアイディア、入れなければよかった。
まさかこんなに想定しない世界ができあがるなんて……」

思考が混乱するんだよね。

じゃあ入れなければいいかというと、必ずしもそうではない。
あれこれ入れた結果、かえって人気を呼ぶ場合もある。

だから難しいんだ。

 

最初に決めていた条件を忘れる

上記ツイートにあるように物語を書いているうち、
私も「最初にあった条件」をしばしば忘れやすい

自分が書いた物語を振り返るのが怖いし恥ずかしい。
いちいち振り返るのが面倒くさい

すべて自分に原因があるのだ。

ちなみにこちらの漫画家お「振り返る作業が辛い」述べていた。
だけど振り返った結果、ある重要な事実に気づかされた。

事実はこちらを読んでほしい。

 

ドラマなんだからムキにならなくても…

半分、青いは否定意見ばかりでなく肯定意見もあった。
妻と同じくドラマを見た、うちの母は言った。

ドキュメンタリーでなくドラマだから、そんなにムキにならなくていいんじゃないの?

確かにユーコの部分はおかしいと思ったけれど、ドラマなんだし、ムキになる必要などない。所詮、フィクションだし。

私は見ていないから、ツイートにある意見を通して、
「ああ、こうしたらクレームが入るのか」勉強になったけど、
しゃしゃはどうだっただろうか?

なお脚本についてはこちらのアニメ映画でも論じているよ。
物語を書いている人はぜひ読んでおいてほしい。

 

視聴率平均と最終回視聴率は?

月曜日になって半分、青い。の視聴率が発表された。
平均視聴率は 21.1%であり、最終回は23.5%となったよ。

視聴率において歴代ドラマの中では成績が良かった。

話題に上がるから視聴率もいい。
だけど中身は必ずしも比例するわけではない。

 

評価が分かれるブログ記事二つ

半分、青い。を最初から最後まで見続けた人たちによる、
ドラマの感想を述べているブログを二つ取り上げる。

まずは「半分、青い。」を見てよかったという意見。
主人公のこの部分に共感できた。

半分、青いという「半分」の意味を考察して面白かったよ。

こちらのブログでは「半分、青い」のどこに感情移入ができなかったのか。
特に毎日ドラマを見ているはずなのに……という一言に驚いた。

ほかに「視聴者が見たいと思わせる設定やせりふ」という部分が、
「なるほど、ここが商売か」と作品つくりのヒントとなった。

私としては上記二つのブログを読んで、何かをつかんでもらいたい。

 

日記:何を描きたかったのか?
これはいったい

インスタグラムにてイラストを載せています。
このイラストは今日描いたものでなく、4日前ほどに描きました。

今となってはなぜこんな絵を描いたのか?

自分でもよくわかっておりません。

今回の記事は今の自分にとって、とても勉強になりました。
特にアイディアがどんどん出てくるとき、どうしたらいいのか。

アイディアを取捨選択しないと「感情移入しにくい」物語を生みやすい。

人様の事例は研究して初めて、自分に役立ちます。
自分の行動もしゃしゃの何かに役立てばいいなあ。

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ティラノスクリプトや小説家になろう、ピクシブ他で物語を書きながら、 「私が気になった事件」の裏側を作家の視点で書いているおっさん。

プロフィール画像は自画像でなく、Megabe-0ブログのマスコット、めがびちゃん。

 

雷が苦手で、光を見ると頭が固まる(元から固い)。 月初めは墓参りと神社参拝を行い、賽銭箱へ1万円を入れた際、とても気持ちがすっきりした。

 

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0歳:釧路のある病院で生まれる。暇さえあれば母乳を吸って、ご飯を4膳食べても体重が落ちるほど、母のダイエットにものすごく貢献したらしい

 

3歳:行方不明になり、全裸で海を泳ごうとしたところ、いとこのお姉さんに発見され、この世へ留まる

 

8歳:自分のお金でおもちゃのカードを初めて買い、経済を知る。なぜか父親に怒られ、家出するがすぐに見つかる。

 

12歳:学校で給食委員長になる。委員長として初めて全校生徒の前にて演説する際、原稿用紙を忘れてアドリブで笑いを誘いながらも何とかやり過ごし、多くの生徒に名前と顔を覚えてもらう。また、運動会の騎馬戦では変なアドリブを行い、多くの笑いを誘った。

 

18歳:初めて好きな人ができたけれど、告白が恥ずかしくてついにできず、別れたことを今でも根に持っている(妻となる人にははっきり言えてよかった)

 

21歳:大学在学中、アルバイトを始める。人手不足かつとても忙しい日々を過ごしながら「どうせなら自分から楽しいことをしていきたいなあ⇒起業って選択肢があるのか」働き方の選択肢を見つける

 

27歳:自分で作った会社がうまくいかず、一度たたんで都落ち。実家でとことん自分を責める日が続く。「何をやっても駄目だな、お前は」など。自分を責めても自殺ができず、体中から毒素があふれ出て苦しい日々を送る。寝るのも怖かった日々。

 

28歳:「このままじゃいけない」決心を決め、小学校からの勉強をやり直す。高校の勉強で躓きながらも、学び直すうちに「自分は何もわかっていなかったんだなあ」大切な教えに気づかされる。 加えて、小説やイラストなど「今までの自分が手を出さなかった分野」に手を伸ばしてみた。

 

29歳:「定義」と「自己肯定」こそが生き方を決めると気づかされ、不安な日々が起きても、心が強くなったと感じる。でも子供の誘惑にはめっぽう弱くなる。

 

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