
※ イラストにも応用できる現代文の力…
おはよう、しゃしゃ。
受験現代文の本を久しぶりに読んでいた。
くわえて自分の今後において心配事が増えた。
「このままじゃ、将来暮らしていけないかもしれない」
自分では「大丈夫だよ」言葉を投げかけているのだけど、
不安が一行に消えないのよ。
あるきっかけで「今後の自分に必要な課題」がわかった。
必要な課題⇒価値を相手に伝える行為≒セールスだ。
相手に価値を伝える際に生じる「気持ちの問題」と、
現代文の応用として使える「価値の伝え方」について、
以前に書いた記事よりも詳しく書こうと思っている。
受験現代文はコミュニケーション
中学校では「国語」、高校では「現代文」。
入試問題だと、日本語が読めるのに難しい。
たくさんの問題を解いているうち、
「文章を読むとは何を意味するか?」
「なぜ出題者はそこに問題を出すの?」
結局、出題者の狙いに気づかず、
「しかしが来たら逆説、だからは強い主張~」と、
機械作業として解いていた自分に気づいた。
出題者はどうして説明/理由を尋ねるのか。
まず出題者の「狙い」を考えた後に文章を読めば、
「なるほど、出題者はこれを知りたかったのね」わかる。
問題を通して出題者と回答者(しゃしゃ)が会話する。
会話ができないから問題も解けないし、適当な答えを出して間違える。
問題を通して、出題者に自問自答してみよう。
「なぜあなた(出題者)はここに問題を出したの?」
自分に問題を課すと、必ず自分が反応してくれるよ。

「出題者の狙い」を最も扱っている参考書がライジング現代文だ。
他は現代文の解き方について詳しいのだけど、
「出題者」の狙いに焦点を絞っている参考書はあまりない。
少しでも現代文を理解するなら、ライジング現代文を読んでおこう。
詐欺メールに引っかからないための現代文
相方にこんな詐欺メールきたらしい!これヤホーか??
皆様もお気をつけてー!! pic.twitter.com/1yeSky2TG9— 牛太 (@gyuta_1014) October 7, 2017
私のブログでは時折、詐欺メール関係を取り上げている。
詐欺メールは「あ、これ、私に当てはまるかも?」を利用し、
クリックさせようと企んでくる。
メールを読んですぐにクリックをする人は、
現代文でいう「読解力」と「疑問を挟む力」が足りない。
文章を読んで「やばい、やばい」捉える人ほど、
「普段からニュースを含む身近な現象に対し、
自分に尋ねて調べる力」がない人だ。
変なメールが届いたら「出題者の立場」になり、
「なぜこのメールが私のところに届いた?」に始まり、
「この箇所は何を意味するのか?」どんどん尋ねる。
すると、詐欺メールに引っかかる確率が減り、
自分の財産を守れるよ。
オファーを出す際に現れる二つの立場
しゃしゃが人さまに価値を提供する場合、
現代文でいうところの立場を変えねばならぬ。
今までは回答者側だったけど、
価値を伝える場合は出題者側に回らねばいけない。
出題者は「問題を出す側」で、相手に魅力を伝える側だ。
第三者へ魅力を伝えるためには、以下の3つを考える。
- やって味わうであろうメリット
- やらなければ得られるデメリット
- 単純に何を伝えたいのか
私が取り入れている訓練として、一冊の本を用意する。
ハウツー本でも小説でも日記でも……本なら何でもいい。
私の記事を例にとろう。
「詐欺メールに引っかからないための現代文」
すぐ上にある記事を読み直してほしい。
例:詐欺メールに引っかかる人の特徴と防ぐための方法
⇒詐欺メールに引っかかる人は二つの能力が欠けています。
現代文で能力を鍛えないから、ちょっとした嘘も見抜けず、
悪徳野郎どもにあなたの大切なお金が渡ってしまうのです。
2つのポイントをお伝えし、財産を守るコツを解説します。
本を読んで「メリット/デメリット/主張」を紙に書く。
ランディングページやセールスレターでは「ブレット」呼ばれる個所だ。
ビジネスをする/しないに関わらず、
第三者へ魅力をうまく面白く楽しく伝えるために、
日々時間を空けてでもやった方がいいと思う。
どんな業種だろうが、クリエイターだろうがやるべき。
どれだけ素晴らしい作品を創っても、
作品の魅力をうまく面白く楽しく伝える能力がないと読まれない。
創る人ほど「魅力を伝える方」に頭が回りにくい。
伝える人を雇うか、頭を切り替えねばならぬ。
年をとると立場も変わる
基本的にパヨクは異論を認めないですからね。
下手に意見なんかすると粛清されるんじゃないですかね?— らいでん (@raidentype21) October 11, 2017
今、しゃしゃが受験生なら必ず年をとると立場が変わる。
教えられている側から教える側になる。
でも、また何かに教えられる。
年をとれば、教えられる側より教える側の割合が高くなる。
だからこそ「教えられる側」を常に心がけていないと、
「そっちの道に行くと危ないよ」忠告しても無視。
結果、危ない体験をして、心に不満をためる。
年をとると教える側(先生・教師)になるから、
「自分はもう教えられる立場にはない」勘違いを起こす。
先生になるからこそ、かえって教えられる。
教えられる立場は「下っ端」ではない。
心に変な勘違いを起こさないよう、気を付けよう。
