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気持ちの視点から見る「トランプ/安倍総理支持率」のなぞ

おはよう、しゃしゃ。
時事通信で「トランプ氏の支持率が上がっている」書いており、

「不祥事や下落につながる要因がたくさんあるのに、
なんで上がっているのか(わけがわからない)」困惑を感じたよ。

向こうのマスコミをはじめ、トランプさんに敵意を抱く人々は、
(野党だけでなく与党内にも敵意を抱く人はいて当たり前)
焦っているように感じるのだけど……

日本でも安倍総理の支持率がいったん落ちたと思ったら、
また上がり始めて「なんで上がるんだ?」困惑しているね。

なぜ敵意を抱く人々らの「思い通り」にならないのか?
理解すると「人生の法則、運気上昇」に持つながる。

政治というよりは「人生の法則」に通じる話題だ。

 

敵意を抱く人に共通する「余裕のなさ」

敵意を抱く人は気持ちや時間に余裕がない

今は全く報じられなくなった森友騒動において、
きちんとした証拠や証言があるにもかかわらず……

「(敵意を抱く側)俺らが想定するストーリー以外はすべて嘘」

現実にある証拠を全く無視、なかった扱いして、
とにかく安倍総理退陣のみを第一目的にしている。

トランプ大統領側にもロシアゲートという騒動があった。
トランプさんがロシアと不適切な関係があった疑惑だ。

だけど不適切な証拠が出てこないうえ、
反対側のクリントンが窮地に追いやられる情報が出ているそうだ。
(今はどこまで追及されているのか不明)

有権者の大半は総理や大統領を追い詰める側が、
「嘘でもでっち上げでも、わめいてもいい」姿勢に対し、
「余裕がなくて焦っているなあ~」しか思わぬ。

余裕がない人についていくと、
自分の人生も余裕のないほうに追い詰められてしまう

貧乏神を追いかけるようなものだ。

参照:ロシアゲートが発覚したのはヒラリー・クリントンの方だった

参照:トランプ大統領に対するネットの評価

 

 余裕がない人生を送ると

竜宮レナ | 秋弦 [pixiv] https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=68020174

画像元:竜宮レナ | 秋弦 [pixiv]

余裕がないとますます余裕のない行動をとる。
結果、犯罪行為をやっても悪びれないし、周りがドン引きして敵になる。

どこかで似た状況があったと思ったら、
ひぐらしのなく頃にでL5を発症した子たちだった。

参照:ひぐらしのなく頃にL5(雛見沢症候群)

総理や大統領に敵意を抱く側は「なんか知らない」けれど、
今すぐ「俺たちの想定通り」に事を運ばねばならぬ事情がある。

「それはさすがにやばいぞ、党としての信用を落とすし、反社会的だし、
お前らが与党/代表になったら、現在やっていることがブーメランになり、
将来の自分らが追い詰められるんやで」

冷静に見ればやらないほうがいい行動を平気でやってしまう。
気持ちに余裕がないから、より悪いほうへ動いてしまうんだ。

(その点でファシズムや独裁主義は
余裕がない人にとっての理想社会に思えるのかもしれない)

余裕のなさは何も気持ちだけでない。
お金やパートナー、学力や趣味、その他……

ありとあらゆる分野で「余裕がない」抱くと、
ますます余裕のない行動をとってしまい、状況がより悪くなってしまう。

現状がピンチであるほど余裕ある意見を拾えないし、
脳みそがパンパンに膨らみ、思考混乱を招いている状態で、
新しい知識や知恵、考え方を取り入れられないんだ。

例えば3日後に支払わなければならぬものがあり、
どうしても払えないとき、気持ちに余裕がなくなる。

すると自分の体を傷つけたり人に当たったり、
お金を得るために犯罪行為を働いたり、自分の臓器を差し出したり……

余裕のない現状が余裕のない考えを抱かせ、
ますます悪化する未来を創ってしまう。

余裕のない当事者は全く気付かないけれど、
第三者は「あ、この人、余裕がないなあ」なんとなく気づいてしまい、

「こいつらに従うと、自分も余裕のない生活を送るから離れよう」と、
運気がどんどん逃げて行ってしまう。

現在、余裕のある人よりない人が多い(いつの世もそう)。
だからこそ「余裕のない現状」に対し「余裕を創る」あり方が問われる。

 

余裕を創る行為は「人生の修行」の一つ

余裕がない人(組織、団体)ほど、ますます余裕のない行動をとり、
第三者から見て「こいつに従ったら俺の余裕もなくなる」直感が働き、
逃げるようになっていく。

反対に「ああ、この人は余裕があるなあ、ますます余裕を持ちたい」
余裕を持っている人に、第三者はついていくようになる。

余裕のない人は一生余裕のない人生を送るのか?
どうしたら余裕のある人生に変更できるのか?

余裕は「想像力」から作られる。
現状がどーだろうと余裕のある人はあるし、ない人はない。

お金だったら財布が0円であっても余裕のある人は、
第三者からお金を借りて、商品を購入できる。

一方で財布に100万円が入っても余裕がないと、
1円も使わずに商品を買わないか、0円で商品をもらおうとねだる。

余裕のある生活を送ると、現状がどーであれ余裕を持てるので、
自分で己の生活を追い詰めないうえ、
得体のしれない力が働いて、今起きている問題がすんなり解消する。

余裕がないと、自分をますます追い詰めるので、
得体のしれない力も働かず、絶望からうつ、自殺へ至るかもしれぬ。

どちらの人生がいいなあ~としゃしゃは思う?

 

余裕を創るなら「良い」結果にこだわらない

余裕のない人は「良い」結果にこだわる。
良いとは自分にとって都合の良い、想定通りという意味だ。

総理や大統領に敵意を抱く側は
「総理/大統領退陣」という「彼らにとって良い結果」に執着する。

執着するから「油断」も生まれる。
走っている間にポケットから大切なものが落ちているのに気づかぬ。

どんな結果が出ようとも、こだわらなくていい。
良い結果が出ればよいのだけど、悪い結果でも構わない。

追い詰められているときほど「良い結果」のみにこだわる。
だからこそ結果にこだわらない生活を送るよう、
自分で気持ち(生活習慣)を鍛えていかねばならぬ。

 

余裕がある生き方を意識して演じてみる

現状がたとえピンチで余裕が全くなくても、余裕のある生き方はできる。
むしろ現状がピンチの時ほど余裕ある生き方が試される。

人生における修行だと思ってほしい。

お金がないときほど「ある前提」で生活する。
パートナーがいないときほど「いる」前提で生活する。

詳細はこちらのnoteに書いているからぜひ読んでほしい。

 

余裕を創る「人生修行」

今の時代、余裕がなくても余裕を自分で創る習慣が必要で、
現状を見て追い詰められる思考しか持てない人は、

「今の俺、すっごい余裕な生活を送っている」
言葉に出して、気持ちだけでもひっくり返してみよう

すると「あ、俺って意外と余裕あるじゃん」と、
余裕のある部分に少しずつ気づいていくよ。

余裕のない人は「こうでなければならない」と、
第三者にも思想を無理やり押し付け、ますます嫌われる。

気持ちに余裕がないから、でっちあげをしてでも騒ぎ、
多くの人が「余裕のない奴についていったら、自分も追いつめられる」
本能が感じて、ますます離れていくだけ。

気持ちの余裕は現状に全く関係ない。
むしろ現状に余裕がない人ほど「気持ちに余裕を創る」という、
荒業を学んでいる最中(修行)と思ってほしい。

現状がどうであれ……

気持ちに余裕がある人 VS ない人

しゃしゃはどちらかといえば、どちらの人間になりたい?

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Writer軽い自己紹介

ティラノスクリプトや小説家になろう、ピクシブ他で物語を書きながら、 「私が気になった事件」の裏側を作家の視点で書いているおっさん。

プロフィール画像は自画像でなく、Megabe-0ブログのマスコット、めがびちゃん。

 

雷が苦手で、光を見ると頭が固まる(元から固い)。 月初めは墓参りと神社参拝を行い、賽銭箱へ1万円を入れた際、とても気持ちがすっきりした。

 

■ 簡単な自分史 ■

0歳:釧路のある病院で生まれる。暇さえあれば母乳を吸って、ご飯を4膳食べても体重が落ちるほど、母のダイエットにものすごく貢献したらしい

 

3歳:行方不明になり、全裸で海を泳ごうとしたところ、いとこのお姉さんに発見され、この世へ留まる

 

8歳:自分のお金でおもちゃのカードを初めて買い、経済を知る。なぜか父親に怒られ、家出するがすぐに見つかる。

 

12歳:学校で給食委員長になる。委員長として初めて全校生徒の前にて演説する際、原稿用紙を忘れてアドリブで笑いを誘いながらも何とかやり過ごし、多くの生徒に名前と顔を覚えてもらう。また、運動会の騎馬戦では変なアドリブを行い、多くの笑いを誘った。

 

18歳:初めて好きな人ができたけれど、告白が恥ずかしくてついにできず、別れたことを今でも根に持っている(妻となる人にははっきり言えてよかった)

 

21歳:大学在学中、アルバイトを始める。人手不足かつとても忙しい日々を過ごしながら「どうせなら自分から楽しいことをしていきたいなあ⇒起業って選択肢があるのか」働き方の選択肢を見つける

 

27歳:自分で作った会社がうまくいかず、一度たたんで都落ち。実家でとことん自分を責める日が続く。「何をやっても駄目だな、お前は」など。自分を責めても自殺ができず、体中から毒素があふれ出て苦しい日々を送る。寝るのも怖かった日々。

 

28歳:「このままじゃいけない」決心を決め、小学校からの勉強をやり直す。高校の勉強で躓きながらも、学び直すうちに「自分は何もわかっていなかったんだなあ」大切な教えに気づかされる。 加えて、小説やイラストなど「今までの自分が手を出さなかった分野」に手を伸ばしてみた。

 

29歳:「定義」と「自己肯定」こそが生き方を決めると気づかされ、不安な日々が起きても、心が強くなったと感じる。でも子供の誘惑にはめっぽう弱くなる。

 

35歳:人生初の交通事故(物損)に出会う。冬道の運転で車を上下に大回転(スピンではない)を体型氏、何とか命を取り留め、なぜ生きているのかわからない状態に陥る。

自分の生き方はすべて自分が握っている。わずかな瞬間にしか現れない「自分の真実」を表に引きずり出し、ピンチからチャンスを生み出す発想や視点をブログやメルマガ他で提供中。