まひつくん

おはよう、しゃしゃ。
ついさっき、子供が物語を書いた。
国語を習っていないから、基本の文章ルールも分からない。
原稿用紙を見たとき、感じた。

「漢文(白文)じゃないか」

 

ひらがなだけの文章

フリー文章

原稿用紙に書かせた理由として、
「文字にばらつきがあり、読みにくい」からだ。

解読にも時間がかかったし、
「あれ、これなんだっけ、えーと、うーんと」
書いている本人も読めなかったのだ。

そこで「原稿用紙に書け。原稿用紙は一文字ずつ埋める。
自由帳に書いているから、文字もばらつきがあり、乱れる。
原稿用紙なら一文字しか入らないから、文章が読みやすくなるはず」

1時間後、子供が「できた」言った。原稿用紙を見ると「漢文」だった。

白文のようなひらがな

よく見ると、空白はあるんだけど、改行ではない。
子供に尋ねたんだ。

私「段落って知ってる?」
子「知らない」

私「改行って知ってる?」
子「知らない」

私「、や。(句読点)は?」
子「知らない」

子供は幼稚園で過ごす日々の自主訓練により、
ひらがなやカタカナをある程度書けるようになった。

しかし「文章を書く規則」は習っていないようだ。

 

改行や段落のすばらしさ

[blogcard url=”https://www.megabe-0.com/archives/5870.html”] [/blogcard]

漢文には改行や段落に加え、「、。」や「()」もない。
書き下し文を書いた人も読むうちに「ああ、面倒くさい」
思ったのではないだろうか。

「新しい文脈なら、ここで区切ってくれよ」
「どこまで会話なのかはっきりしてほしい」
「文章の終わりなら区切ってほしいなあ」

不満がたまり、「」や、。といったルールができた。
(国文法に関する文献があれば、読んでみたいな)

漢文は白文で、句読点すらない。
読み手は「こういう内容なのね」通じたから、
分ける必要がなかったと考えている。

しかし時がたつと今までの読み方では徐々に、
「うわあ、読みにくいわあ」考える人が多くなった。

 

技術の進歩と文章

現代は「わかりやすく、すらすら読める」文章ほど好まれている。
理由の一つが「スマホで読む人」が増えたからだ。
(しゃしゃは今、どちらで読んでいる?)

スマホはパソコンと違い、片手一つで文章を読む。
難しい言葉を使うと、ストレスを与えてしまう。

スマホきちんと読んでいるようで、
適切な情報を抜き出しているに過ぎない。
よって「要点」を抜き出す力を鍛えられる。

技術の進歩に合わせ、思考や行動も単純になった結果だ。

技術が増えると、手段や世界観も広がる。
すると、今まで使っていた道具が新しいものに置き換わり、
古いものは使わなくなってしまう。

 

原文と現代語訳の違い

今はほとんどの古文を「現代語訳」つきで読める。
しかし現代語訳を読んで終わってはいけない。
必ず「原文」を読むべき。

内容だけなら「現代語訳」を読んでつかめばいい。
しかし「その当時のリズム、考え、文化」に触れるなら、
現代語訳では絶対に無理だ。

原文を声に出す、写経して体内に取り入れる。
すると「リズム」はもちろん、
「その時代の人が持っていた考え方」を吸収できる。

吸収したうえで「現代」に何かしら応用できないか。
考えてみると、役に立つと考えるよ。

中国の古典本:大学・中庸 ビギナーズ・クラシックス 中国の古典 (角川ソフィア文庫)

おすすめ古典音読本:竹取物語(風刺テクニックが面白すぎる)

 

白文が読みにくい理由

子供が書いた文章を読んで、
「段落や改行、句読点など文章を書く規則がないと、
読みにくいし、ストレスがたまるなあ」
感じたよ。

文章規則を生み出した先人はすごいと思ったよ。
でなければ現代もかぎかっこをはじめ、
句読点や改行がないまま、文章を読まされていたからね。

 

おまけ:漢文の勉強と常識

漢文は句形を勉強し、単語を学びながら本文を読む。
大学入試の参考書や問題集を「体が勝手に覚える」までやろう。

古文ヤマのヤマ (大学受験超基礎シリーズ)

漢文ヤマのヤマ パワーアップ版 (大学受験超基礎シリーズ)

後は本文をひたすら読んで答える……だけじゃ物足りない。
「中国の古典常識」は知っておいたほうがいい。

現代語訳を読んでも「は? 意味がわからん」内容が多い。
たとえると、スマホを持っていない人が所持者から
「今さ、アプリをDLして遊んでいるんだ」言われても、
「何言ってんだ、こいつ?」理解できない。

スマホを手に入れ、アプリをダウンロードしていないからだ。
同じように、当時の中国を知らねば、
現代語訳を読んでもさっぱり理解できない。

世界史+倫理:ゆげ塾の中国とアラブがわかる世界史

そこで「世界史の中国(古代中国から清まで)」が一つ。
「倫理」で中国の思想を勉強しておくといいよ。
勉強したうえで漢文を読むと、読まないよりは理解できるよ。

スポンサーリンク(広告)
メールマガジン登録

note

読者購読規約
powered by まぐまぐ!
記事拡散のお願い

著者紹介

千賢 光太郎
千賢 光太郎

ティラノスクリプトや小説家になろう、ピクシブ他で物語を書きながら、
「私が気になった事件」の裏側を作家の視点で書いているおっさん。

雷が苦手で、光を見ると頭が固まる(元から固い)。
月初めは墓参りと神社参拝を行い、賽銭箱へ1万円を入れた際、とても気持ちがすっきりした。

0歳:釧路のある病院で生まれる。暇さえあれば母乳を吸って、ご飯を4膳食べても体重が落ちるほど、母のダイエットにものすごく貢献したらしい

3歳:行方不明になり、全裸で海を泳ごうとしたところ、いとこのお姉さんに発見され、この世へ留まる

8歳:自分のお金でおもちゃのカードを初めて買い、経済を知る。なぜか父親に怒られ、家出するがすぐに見つかる。

12歳:学校で給食委員長になる。委員長として初めて全校生徒の前にて演説する際、原稿用紙を忘れてアドリブで笑いを誘いながらも何とかやり過ごし、多くの生徒に名前と顔を覚えてもらう。また、運動会の騎馬戦では変なアドリブを行い、多くの笑いを誘った。

18歳:初めて好きな人ができたけれど、告白が恥ずかしくてついにできず、別れたことを今でも根に持っている(妻となる人にははっきり言えてよかった)

21歳:大学在学中、アルバイトを始める。人手不足かつとても忙しい日々を過ごしながら「どうせなら自分から楽しいことをしていきたいなあ⇒起業って選択肢があるのか」働き方の選択肢を見つける

27歳:自分で作った会社がうまくいかず、一度たたんで都落ち。実家でとことん自分を責める日が続く。「何をやっても駄目だな、お前は」など。自分を責めても自殺ができず、体中から毒素があふれ出て苦しい日々を送る。寝るのも怖かった日々。

28歳:「このままじゃいけない」決心を決め、小学校からの勉強をやり直す。高校の勉強で躓きながらも、学び直すうちに「自分は何もわかっていなかったんだなあ」大切な教えに気づかされる。
加えて、小説やイラストなど「今までの自分が手を出さなかった分野」に手を伸ばしてみた。

29歳:「定義」と「自己肯定」こそが生き方を決めると気づかされ、不安な日々が起きても、心が強くなったと感じる。でも子供の誘惑にはめっぽう弱くなる。

自分の生き方はすべて自分が握っている。わずかな瞬間にしか現れない「自分の真実」を表に引きずり出し、ピンチからチャンスを生み出す発想や視点をブログやメルマガ他で提供中。

Pocket