ツイッターを見ていたら、科学分野にもこんな学生がいて驚いた。

「微分方程式は数学ですよね。数学を物理の授業に持ち込んだらダメですよ」

 

物理の授業に数学を持ち込むな

発言した彼は医学部の一年生らしい。
(高校で物理を学んでいないなら納得してもいいか)

物理を勉強すると、ほぼ微分を頭に思い浮かべます。
微分の成り立ちも物理の運動が真っ先にある。
時間で細かく見ていくにつれ、微分を考えるに至った。

経済学も物理を中心とした自然現象を経済世界に持ち込めないか?
誰かがそう考え、経済学が発展した。

世の中にはいろんな考えはあります。この考えも珍しい事じゃない。
子供は神様が作る存在であり、交尾の結果生まれるものではない。
アメリカの一部の学校じゃ進化論を否定して教えているそうですからね。

 

点と面思考

「自分の人生に関係ない」ものは一切ノータッチ。
「関係ある」ものだけを見ていくという考え方。

すなわち、点と線だけでしか物事を考えていない。
点と線だけで物事を考えると、予想外の事態に対応しにくくなるのです。

例えば「微分方程式は数学の分野、
物理の授業に持ち込むっておかしいだろ」と述べた人は、
数学は数学、物理は物理とたんなる点でしかとらえていない。

それぞれ別物だと認識しているのです。
そこに物理と数学の接点を授業で持ち込んだ結果、
頭が混乱し、生き方に揺らぎができてしまった。

言い換えると今まで安定な立場にいた人が、
どこからか攻撃を食らって、急に不安定になってしまった。

点と線はその場しか関心がありません。
世の中は面であり、自分が想定もしていない方向から、
事故や事件が起きて、何かしらの形で自分の身に降りかかってくる。

 

物理で微積は教えるべきか?

高校生向けの物理教科書は微分積分を省いて、公式を提示しております。

確かにそれでも十分わかるんだけど、
原理を考えたら微分積分はあったほうが良いし、
特に電磁気(電磁誘導以降)は微分積分があると心強い。

最近のチャート(数研出版)でも、
巻末の数学知識にやっと微積を載せましたからねえ。
それまではチャートにすら載っていなかったのです。

物理の入試問題で「微小角により近似値をつかえ
とでているんだけど、あれは三角関数微分を使えばすぐに解ける問題。
センター試験は物理において微積はいらないんだけど、
記述入試になると、問題によっては必要だと思うのです。

なんでわざわざ微分積分を使わせないんだろう?
筆記で受ける生徒は理系数学をやっていることだし、
微分を使わせればいいのなあ。

もっと柔軟になってもいいのになあと思うのです。
この柔軟でない部分を反映した事件が、
彼のように「なんで数学の知識を物理に入れるの?」
じゃないかと思っているのです。

なお、物理における基本は運動方程式です。xを2度微分すると加速度になります。

$$m \ddot{x}=F$$

これを時間で積分すると運動量と力積になり、
距離(空間)で積分すると、仕事とエネルギーの関係になります。

電場や磁場においても基本的な考えは一緒。
電場、磁場と来るから訳が分からなくなるんだけど、
電場・磁場⇒重力加速度g と置き換えるとわかりやすいかと。

 

結びに:世の中は全て結びついている

世の中は関連がないものは関係がないのではなく、
関連がないものは関係がないと思い込んでいるだけなのです。

直接見たら関連性が全くないものも、
何かを触媒にすることで、関係性を持つようになります。

例として過去に書いた記事がありますので、ご参照ください。
ちょうど物理分野の解説と社会のかかわりを記事にしています。

ニュートリノに質量を持つことが、私たちの生活にどうかかわるの?

 

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著者紹介

千賢 光太郎
千賢 光太郎

ティラノスクリプトや小説家になろう、ピクシブ他で物語を書きながら、
「私が気になった事件」の裏側を作家の視点で書いているおっさん。

雷が苦手で、光を見ると頭が固まる(元から固い)。
月初めは墓参りと神社参拝を行い、賽銭箱へ1万円を入れた際、とても気持ちがすっきりした。

0歳:釧路のある病院で生まれる。暇さえあれば母乳を吸って、ご飯を4膳食べても体重が落ちるほど、母のダイエットにものすごく貢献したらしい

3歳:行方不明になり、全裸で海を泳ごうとしたところ、いとこのお姉さんに発見され、この世へ留まる

8歳:自分のお金でおもちゃのカードを初めて買い、経済を知る。なぜか父親に怒られ、家出するがすぐに見つかる。

12歳:学校で給食委員長になる。委員長として初めて全校生徒の前にて演説する際、原稿用紙を忘れてアドリブで笑いを誘いながらも何とかやり過ごし、多くの生徒に名前と顔を覚えてもらう。また、運動会の騎馬戦では変なアドリブを行い、多くの笑いを誘った。

18歳:初めて好きな人ができたけれど、告白が恥ずかしくてついにできず、別れたことを今でも根に持っている(妻となる人にははっきり言えてよかった)

21歳:大学在学中、アルバイトを始める。人手不足かつとても忙しい日々を過ごしながら「どうせなら自分から楽しいことをしていきたいなあ⇒起業って選択肢があるのか」働き方の選択肢を見つける

27歳:自分で作った会社がうまくいかず、一度たたんで都落ち。実家でとことん自分を責める日が続く。「何をやっても駄目だな、お前は」など。自分を責めても自殺ができず、体中から毒素があふれ出て苦しい日々を送る。寝るのも怖かった日々。

28歳:「このままじゃいけない」決心を決め、小学校からの勉強をやり直す。高校の勉強で躓きながらも、学び直すうちに「自分は何もわかっていなかったんだなあ」大切な教えに気づかされる。
加えて、小説やイラストなど「今までの自分が手を出さなかった分野」に手を伸ばしてみた。

29歳:「定義」と「自己肯定」こそが生き方を決めると気づかされ、不安な日々が起きても、心が強くなったと感じる。でも子供の誘惑にはめっぽう弱くなる。

自分の生き方はすべて自分が握っている。わずかな瞬間にしか現れない「自分の真実」を表に引きずり出し、ピンチからチャンスを生み出す発想や視点をブログやメルマガ他で提供中。

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