明日ちゃんのセーラー服最終回に生じた感動が言葉で表現できず悔しい

おはよう。今期冬アニメもほぼ終わった。

私は主にニコニコ動画でしかアニメを見ていない。
見ているアニメもあれば「聞いている」だけの作品もある。

見た作品の一つに「明日ちゃんのセーラー服」があった。

ジャンルとして……けいおんに近いかな?
きんモザにも近いがごちうさではない。

特に感情を上げ下げするような緊張と緩和もないし、
作者及びスタッフのフェチズムがこれでもかと現れた

同じアニメ会社が担った作品、
「その着せ替え人形は恋をする」ほうが、感情の上げ下げもあって面白かった。

最終回になって何度も繰り返してみている作品が、
着せ恋より明日ちゃんだった。

感動したが、うまく言葉で言い表せられなかった。
悔しいのでブログを通して言葉にしてみようと企んだ。

ついでに明日ちゃんと同じ制作会社が作ったアニメ、
その着せ替え人形は恋をするも論じたい。

 

明日ちゃんのセーラー服のお話と最終回まで

明日ちゃんのセーラー服。
タイトルだけを見たとき違和感があった。

セーラー服を着る中学生……普通じゃん。

1話を見ていくとセーラー服に込められた意味がわかった。

明日ちゃんが通う私立中学校(女子限定)は、
制服が変わってしまい、セーラー服でなくなった。

明日ちゃんが私立中学校を受けた理由も、
彼女にとって憧れのアイドルがセーラー服を着ていたからだ。

明日ちゃんだけセーラー服、他は違う。

一人だけ制服が違うものの、持ち前の明るさから一人、
また一人と友達を作っていき、最終回直前及び最終回の祭りへとつながる。

10話くらいで衝撃の事実が明らかとなった。
明日ちゃんが通っていた小学校は生徒が彼女のみだった。

※全校生徒一人って本当にあるのかよ。
思って調べたら、五島列島の離島にて全校生徒一人の学校があった。

参照:https://style.nikkei.com/article/DGXNASFH12007_S3A610C1000000/
島のみんなが先生役~児童1人の小学校で~

彼女は中学に入るまで、同い年の友達を作れなかった。

明日ちゃんにとって友達を作るとは、
脇役同級生が持つ魅力に焦点を当てるだけでなく、
幼い子供が初めて幼稚園に入るかのような衝撃及び出会いだった。

明日ちゃんの成長も兼ねていたわけだ。

※姉の子供は現在3歳。今年から幼稚園に通う。
甥っ子は幼稚園に通って母(姉)と別れたくないのか、
姉がちょっと離れるだけで大声を出して泣いている。

幼稚園に通ったら、甥っ子の行動も変わってくるだろう。

 

友達を減らし焦点を濃くした着せ恋

誰かのツイートにあった。インタビューだっただろうか。

その着せ替え人形は恋をする(以下着せ恋)において、
喜多川海夢(まりん)には友達がいる一方、
もう一人の主人公である五条には友達がいない。

実際は描写されていないだけでいるのかもしれぬ。
アニメでは男友達との絡みが全くと言っていいほどない。

確かインタビューだったかな……
五条の友達を削った理由として、二人に焦点をあてるためだと。

男友達が出ると、コスプレ撮影以外に焦点が当たる。
「海夢にくっつこうとする他の男への対応」を片づけなければならない。

コスプレ及び五条×海夢の関係が薄くなってしまう。

作者にとって余計と思える描写を削り、
最小限のキャラと環境で最大限の濃密な空気・世界を楽しんでもらう。

着せ恋最終回は海夢が五条に告白するシーンで終わるが、
五条は眠っているので、彼女の告白など耳に入っていない。

クローバーワークスという制作会社は同じでも、最終回は大きく異なっている。

明日ちゃんが広げる(キャラを増やして友達と一致団結を描く)
着せ恋は狭める(主人公二人に定めて、恋心の動きを楽しむ)

ニコニコ動画ではどちらも火曜日正午更新であるからこそ、
簡単に比べられるし面白かった。

 

明日小路と喜多川海夢の共通点

二つのアニメを見比べて、一つ気づいた。

二人とも何かに好奇心を示すとき、子供が親あるいは祖父母の手を引っ張り
「あれ、あれ」と目を輝かせてぐいぐい迫っていく姿が同じだと。

好奇心旺盛な姿勢は明るい性格を作り、
視聴者として「にぎやかな子だな」印象を与える。

また好奇心旺盛だからこそ、同い年なのに妹っぽさを感じた。
お姉さんぽさよりは妹っぽさだ。

明日ちゃんは長女で海夢は一人っ子だ。

明日ちゃんにおいて周りの子たちが明日ちゃんのお姉さんとなり、
妹をかわいがるような対応をとっている。

二つの作品がよかった理由の一つに、
主人公らが好奇心旺盛で真っ暗闇な姿をほとんど見せず、
明るい姿勢に引き込まれたからと考える。

 

明日ちゃんのセーラー服最終回が言葉にできない感動を抱いた

明日ちゃんのセーラー服最終回を見たとき、
言葉にできない感動が押し寄せた。

文化祭では明日ちゃんの正妻こと木崎江利花が音楽担当、
明日ちゃんがセーラー服を着用したままダンスを踊る。

ダンスを通して過去を振り返る

体育祭において明日ちゃんが出ない競技はひたすら応援、
出る競技はチームとしてほかのクラスと戦った。

動作一つ一つが芸術であり、あまり会話はなかった。
ひたすら「動き」で人生を振り返る終わり方だった。

  1. ダンス描写=視覚に訴える表現
  2. 体育祭の振り返り=チーム・仲間との連帯
  3. 明日ちゃんを見るわき役たち=子の成長を目の前で見る親

3つの楽しみがあり、特に1番目のダンス描写がよかったからこそ、
何度も見たいという気持ちにさせられ(=感動)る。

ただ踊っているだけでなく、明日ちゃんのいる学級の歴史も振り返る。
体育祭における闘いの記録というべきか。

視聴者としても12話まで見続けたご褒美であるかのように、

「最初は一人しか友達もできなかった彼女が、
話を追うごとに少しずつ友達あるいは仲間の輪を広げ、
最後は共通の敵(体育祭で戦うクラス)を倒していく」

例えるならグレンラガンやアオアシのような
主人公が好奇心を元にあちこち動き、同級生との絆を深め、
みんなで一つの山場を乗り越える展開に惚れた。

脇役の同級生たちもただ見ているだけでなく、
明日ちゃんとどうかかわったのか。

描写の少ないキャラもいたけど、
基本一人一人が明日ちゃんとかかわり、最後は彼女を見守る。

友達であり仲間であり、親子のような関係というべきか。

年を取り「何かしらの孤独」を抱く人ほど、
心にぐさりと来るのではないだろうか

ちなみにフェチズム描写はたくさんあるけど、
私はあまり気にならない方かな。

もしかしたらダンス描写の中にフェチ要素が入り込み、
フェチも含めて何度も楽しみたかったのかもしれない。

 

着せ恋の最終回が一番よかった「告白」

ニコニコ動画で着せ恋と明日ちゃんの視聴者数を比べると、
着せ恋のほうが明日ちゃんの2倍見ている。

着せ恋の良かった部分として、
海夢が目の覚めている五条に直接「付き合って」言わなかったところだ。

仮に五条が起きて「好きです、彼氏になって」言い、
「はい、付き合いましょう。よろしくお願いします」

言った瞬間、着せ恋の面白さは下がるだろう。

言葉に出していないだけでほぼ恋人関係だけど、
言葉ではっきり出していない≒公認の恋人関係でないからこそ、

「まだ仲間・同士でもある」

視聴者として安心できる部分がある。

最終回で海夢は「好きよ」言ったものの、五条は眠っている。
少女漫画なら早い段階で「付き合って」言って彼氏彼女になる。

少年漫画だからこそ、告白を引きずる。
告白して彼氏彼女が形になるのと寸前とでは面白さが違う。

……面白さって何だろう? 考察してみたよ。

 

告白して公認の恋人同士になったら、なぜ興ざめする?

視聴ランキング

彼氏彼女の関係になったら、二人だけの世界になってしまい、
視聴者を置いてきぼりにさせる

「視聴者(読者)、テメェらが入ってくる領域じゃねえ」

形を持ってはいるわけではないよ。
人間誰もが妄想を持っている。妄想上の展開・物語がある。

彼氏彼女の関係を作ると妄想上の物語すら排除され、

「お前たち、私たちを使って妄想しなくていいから」

はるかに遠い存在へとなってしまう。

あるいはオスとしての特徴なんだろうか?

「あ、もうこいつは俺(読者)の脳内から去っていった」
興味・恋愛・気になる異性の対象でなくなるというか。

少年漫画系のラブコメは大抵、誰が誰と付き合うのか。
ほぼ恋人状態としても、お互い公認で付き合わない。

最終回近くでやっと誰と付き合うかが決まる。

仮に公認で付き合った瞬間、
「あ、オスとしての欲が失せた」気分になると思うんだ。

自分のものにしたいというわけではないよ。二次元だしね。

ただ自分の中にある「妄想」がぶち壊された気分になり、
自分ではないけど「自分の都合よく動くキャラ」概念が崩れる

オスには「ナンパ」という言葉もある。
性の本能として、メスに次々と子孫を残す。

生物学的な視点もあるのかもしれない……
たとえがわかりにくくてすまない。

たとえ彼氏彼女の関係になって、奪おうをする第三者が現れても、
最終的に彼氏彼女が作りなす「空気・環境」には勝てず、排除される。

ほぼ恋人だけどともに公認の恋人でないからこそ、
読者としては脳内にある物語を彼らに当てはめて、
色々な妄想や世界を作り、悦に浸れる。

第三者が入っても、最終的に空気・環境を壊せなくても、
「本当に危機だ」壊す寸前まではいける

着せ恋の良かったところは、
最終回でも「互いに公認の恋人」にならなかった展開と思うんだ。

ほぼ恋人に近い状態でしかないけどね。

 

着せ恋はコスプレメインだからよかった

もう一つ着せ恋のいいところはコスプレをメインに扱ったところだ。
恋愛でなくコスプレがメインで、恋愛は2番あるいは3番手くらい。

恋愛を1番にしてコスプレを2番以降にすると、あまり面白くなかっただろう。

コスプレに関する雑学や裏話をメインに置いたからこそ、
「恋愛」に大した興味ない層でも「コスプレ」に興味ある層が入ってきた

もし明日ちゃんのセーラー服に男子生徒がたくさんいたら?
男子の一人と恋人寸前の関係になったとしたら?

明日ちゃんに対する見方が変わるだろうし、
テーマの一つ「仲間」よりも「恋愛」へ移ってしまうだろう。

仮に「着せ恋or明日ちゃんが実写映画となりました!」発表があったとき、
高い確率で恋愛をメインに据えると思っている。

ただでさえ「イケメンとの恋」を通して
「視聴者の妄想に生まれた物語」を形作るため、
実際に足を運んで見に行く女性客もいるだろう。

映画関係者も映画を見てもらうべく、
「本来のコアな視聴者」よりも「役者に興味ある視聴者」に焦点を絞り、
着せ恋も明日ちゃんも恋愛をメインに据えると考えているよ。

漫画やアニメがもつ独特の世界観をぶち壊しにしても。ね。

 

年を取るほど明日ちゃんが突き刺さる

いくつかのサイトに書いてある。

明日ちゃんは人を選ぶ作品、着せ恋は多くの人が接しやすい作品だ。

イラストにおいても明日ちゃんはフェチズムはもちろん、
目や輪郭が普通と少し違う特徴を持っているから難しい。

※アニメではカエルのような目や輪郭をしており、実際に描くと難しい。
だからこそ描きがいがあるんだ。

一方着せ恋(特に海夢)はギャルだし、
体型の上でもR-18系に寄せているから描きやすい。

下ネタだったら海夢のほうがすぐ物語も思いつくと。

人を選ぶ作品だからこそ、突き刺さる人にはハマる。
どちらも最終回を見て、明日ちゃんのほうが何度も見たいと思った。

明日ちゃんは「仲間」が一つのテーマであり、
「気軽に仲間を作りたい、連帯して何かをなしたい」
潜在的に思っている人に突き刺さると考えている。

着せ恋はもろ恋人寸前だけど、
好きな人がいる、声もかけているがなかなか告白できない……

好きな人がいるけど、声をかけにくい状態にいるほど、
二人の関係は強く突き刺さるのではないか。

共に作品を見終わった後

「こういう関係・学校を遠くからニヤニヤ眺めていたい」

気分になったのではないか?

今期は明日ちゃんと着せ恋他、大いに楽しんだ。
いい作品を生み出していただき、関係者様ありがとうございます

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ティラノスクリプトや小説家になろう、ピクシブ他で物語を書きながら、 「私が気になった事件」の裏側を作家の視点で書いているおっさん。

プロフィール画像は自画像でなく、Megabe-0ブログのマスコット、めがびちゃん。

 

雷が苦手で、光を見ると頭が固まる(元から固い)。 月初めは墓参りと神社参拝を行い、賽銭箱へ1万円を入れた際、とても気持ちがすっきりした。

 

■ 簡単な自分史 ■

0歳:釧路のある病院で生まれる。暇さえあれば母乳を吸って、ご飯を4膳食べても体重が落ちるほど、母のダイエットにものすごく貢献したらしい

 

3歳:行方不明になり、全裸で海を泳ごうとしたところ、いとこのお姉さんに発見され、この世へ留まる

 

8歳:自分のお金でおもちゃのカードを初めて買い、経済を知る。なぜか父親に怒られ、家出するがすぐに見つかる。

 

12歳:学校で給食委員長になる。委員長として初めて全校生徒の前にて演説する際、原稿用紙を忘れてアドリブで笑いを誘いながらも何とかやり過ごし、多くの生徒に名前と顔を覚えてもらう。また、運動会の騎馬戦では変なアドリブを行い、多くの笑いを誘った。

 

18歳:初めて好きな人ができたけれど、告白が恥ずかしくてついにできず、別れたことを今でも根に持っている(妻となる人にははっきり言えてよかった)

 

21歳:大学在学中、アルバイトを始める。人手不足かつとても忙しい日々を過ごしながら「どうせなら自分から楽しいことをしていきたいなあ⇒起業って選択肢があるのか」働き方の選択肢を見つける

 

27歳:自分で作った会社がうまくいかず、一度たたんで都落ち。実家でとことん自分を責める日が続く。「何をやっても駄目だな、お前は」など。自分を責めても自殺ができず、体中から毒素があふれ出て苦しい日々を送る。寝るのも怖かった日々。

 

28歳:「このままじゃいけない」決心を決め、小学校からの勉強をやり直す。高校の勉強で躓きながらも、学び直すうちに「自分は何もわかっていなかったんだなあ」大切な教えに気づかされる。 加えて、小説やイラストなど「今までの自分が手を出さなかった分野」に手を伸ばしてみた。

 

29歳:「定義」と「自己肯定」こそが生き方を決めると気づかされ、不安な日々が起きても、心が強くなったと感じる。でも子供の誘惑にはめっぽう弱くなる。

 

35歳:人生初の交通事故(物損)に出会う。冬道の運転で車を上下に大回転(スピンではない)を体型氏、何とか命を取り留め、なぜ生きているのかわからない状態に陥る。

自分の生き方はすべて自分が握っている。わずかな瞬間にしか現れない「自分の真実」を表に引きずり出し、ピンチからチャンスを生み出す発想や視点をブログやメルマガ他で提供中。