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死にたい願望者へ朗報!交通事故(物損)で気づいた唯一の真実

衝突

おはよう、しゃしゃ。

私事だけど昨日の朝8時前、交通事故を起こした。
事故を通して自分は一度死んだ。

死んだあと、色々得た情報とやるべきことが見つかったので、
「死にたい」願望がある人はぜひ読んでほしい。

 

交通事故が起きたときの状況

事故状況

人手不足で困っている知り合いの頼みで配達のお手伝いをした。
配達のお手伝いをするため、山道を通って車で1時間かかる町へ移動した。

前日から大雪となっており、路面は凍っていた。
雪も降っていたし、少し気温が高かったので、
少しずつ路面が溶けていたのだ。

アイスバーン状態だったのが一つ。

私は生まれて初めて配達の仕事でワゴン車にのった。
これまでセダンか軽四のどっちかしか載っていない。

さらにワゴン車のシフトチェンジも今までにないもので、
シフト操作になれていなかった。

ワゴンとセダンはどうも使用が違うらしい。
なお乗った車はマツダスクラムワゴンというタイプであり、
最新の車でなく古いものだった。

調べるとFR/4WDとあり、FRは雪の運転に不向きだそうだ。

車に対する無知が二つ。

もしFRの特徴を知っていたら、事故を起こさず乗りこなせていただろう。

参照:FR車で雪道はかなり危険?原因や対策など!スタッドレスタイヤで大丈夫?

ハンドルをさばききれず、まずは左のガードレールにぶつかった後、
右側にそのまま向かい、道路から外れて上下に一回転を起こした。

左右に回ったのでなく上下にぐるりと一回転だ。
他人を巻き込んでいないので、物損事故扱いだ。

車は大破してもう二度と使えない(マツダ社員いわく)

まさか知人の頼まれごとで2日で車をぶっ壊すとは!
予想外だったし、いろいろ迷惑をかけてしまった。

私は右腕を打撲しただけであり、特に傷はなかったが、
転倒個所が数メートルずれていれば、私は湖の中にいただろう……

 

「死にたい」という言葉に対し

スリップ段差

警察や知り合いほかに電話した後、
警察から事情聴取を受け、いろいろ応対した。

ちょうど大雪が降った翌日であり、10秒起きに事故の知らせが、
警察無線を通して入ってくる。

スクールバスと学生が衝突、路線バスが電柱に衝突、
バスがスピンして数人の乗客や運転手が大けがをおった……

本当、自分はよく右腕のけがだけで済んだなあと、
無線を聞きながら思ったよ。

事故を通して自分は一度「死んだ」と悟った。
今、こうしてしゃしゃに記事を書いているのだけど、
私は確実にあの事故で「一度死んだ」と仮定した。

一度死んだので、時々自分の言葉から漏れ出る言葉、
「死にたいなあ」という発言に対し、

いや、すでに死んだでしょ。すでに死んだのに、死にたいって言葉はおかしいよねと、自分自身に突っ込みを入れて、暗い気分から脱した。

事故が起きた後も時折「死にたいなあ」と言葉が出てくるが、
「一度死んだのに、死にたいっておかしいよね」と、
自分に突っ込められるようになった。

死にたい願望といっても、死ぬ気などない。
本当に死ぬならすでにやっているし自発だ。

非自発的な行為で「死に至る出来事」があったからこそ、
「一度自分は死んだ」と設定し、生まれ変われる。

九死に一生を得る体験を通し、
初めて「死ぬ」と「生きる」の定義ができる。

 

一度死んで気づいた「丹田の言葉」

交通事故を通し、私は一度死んだ。
死んだあと、自分がパニックに陥っていたつもりだったけど、
警察や知り合いにすぐさま電話し、冷静になっていた。

腹の内側からドクドクと湧き出る力。
丹田がものすごくあたたかいのだ。

代わりに脳みそは何も言葉を発さず、
自分から「ほら、お前の不安がかなった、良かったな」と、
自分の脳みそに言ってやっても、ノーコメントだった。

普段は「ほら、事故が起きた、みんなも不幸になった」など、
あの手この手で「いかに自分が不幸な結末を迎えるか」
という得体のしれぬ考えにやられていたのに……

※脳のささやきは自分が考えていなくても、
「どこからか」やってくるのがポイント。

脳みそにあれこれ言ってもノーコメントだった。

こっちが強気であれこれ言い、質問しても、
全く言葉を出さない、黙って逃げてしまう。

そして落ち着いてきたら何食わぬ顔でささやく、
「ほら、不幸になっただろ」と。

丹田という動きを見ると、
一度死んだ経験を通し「自分の中にいる何者か」に気づいた。

結果として、脳みそがどれだけ不幸な発言をしても、
自分を苦しめる迷いや邪な道へ向かわせようとしても、

奥底にいる丹田はただ温かく見守ってくださり、自分を常に支えてくれる存在だから大丈夫

死んだおかげで、丹田にいる想いと出会えた。
言い換えると「神様」という存在だろうか?

今回、知り合いの頼みで仕事の手伝いをしたとき、
私は一番「丹田にいる存在」と出会えた。

本当に不謹慎だけど、事故が起きてよかった。
(自分がおかしくないと、こんな発言は書けないね)

 

翌日自分が決めたこと

書き込み

交通事故を通して自分は一度死んだ。

一度というか人生を振り返ると、何度か死んでいる。
何度か死んで生まれ変わっている。

生まれ変わるとは肉体が変わったのでなく、
精神的な意味で死を迎え、新しい行動と覚悟という意味で生を得た。

今夏は交通事故を通して「肉体も死んだ」と仮定した。
すると自分は今後何をすべきかがきまった。

クリエイター作業はもちろんだけど、
何よりすべき行為として「セールス・販売」だ。

セールス・販売に後ろめたさを感じず、
真正面から堂々と「イイものはいい!」と紹介する。

手段として商品を手に入れるメリットを書き、
手に入れなかった結果、得られない部分を書いた。

後は記事を書く際、文章内に商品のメリットを書く。
ほかには小説を書く際はブレットを意識し、
セールスレターの作成に努めたよ。

ブレットとは商品を手にする利点を箇条書きに書いた言葉。

交通事故が起きる前まではためらっていた部分に対し、
死を通して、優先事項が見つかったのでためらいも消えた。

交通事故などもう二度とおこしたくないけれど、
事故を通して自分の中にいる丹田に出会えて、
貴重な体験をさせていただいた。

知り合いを通していろいろな人や存在に感謝せねばならない。
私を助けるためにご先祖様ほかも支えてくださったと思うと、
本当に自分はいろいろな存在に守られているなあ。

しゃしゃもだよ。

この記事を読んでいる時点で、
すでにしゃしゃも「目に見えない、あらゆる多くの存在」から、
守っていただいているのだからね。

目に見えない存在も含めて

「おかげさまでありがとうございます」

手を合わせて言葉に出すといい。
死に直面した時、実感できるから。

 

右腕が打撲でほっとしたのもつかの間

事故の後、病院で腕を見てもらったところ、
骨折でも脱臼でもなく打撲だった。

車が一回転して、車は大破したのだけど、
自分は9割無傷だったので驚いている。

本当にありがとう。

さて打撲だけど右腕が全く上がらない。

絵を描くときは大した影響を与えないものの、
着替える際、腕が痛くてたまらなかった。

もし今回の事故で右腕が骨折をしていたら、
あるいは脱臼していたら、壊死していたら……

やはり人を使うという考えを持たねばならぬ。
だからこそ今までとは違う考え方が求められる。

何も思いつかないんだよねえ。

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Writer軽い自己紹介

ティラノスクリプトや小説家になろう、ピクシブ他で物語を書きながら、 「私が気になった事件」の裏側を作家の視点で書いているおっさん。

プロフィール画像は自画像でなく、Megabe-0ブログのマスコット、めがびちゃん。

 

雷が苦手で、光を見ると頭が固まる(元から固い)。 月初めは墓参りと神社参拝を行い、賽銭箱へ1万円を入れた際、とても気持ちがすっきりした。

 

■ 簡単な自分史 ■

0歳:釧路のある病院で生まれる。暇さえあれば母乳を吸って、ご飯を4膳食べても体重が落ちるほど、母のダイエットにものすごく貢献したらしい

 

3歳:行方不明になり、全裸で海を泳ごうとしたところ、いとこのお姉さんに発見され、この世へ留まる

 

8歳:自分のお金でおもちゃのカードを初めて買い、経済を知る。なぜか父親に怒られ、家出するがすぐに見つかる。

 

12歳:学校で給食委員長になる。委員長として初めて全校生徒の前にて演説する際、原稿用紙を忘れてアドリブで笑いを誘いながらも何とかやり過ごし、多くの生徒に名前と顔を覚えてもらう。また、運動会の騎馬戦では変なアドリブを行い、多くの笑いを誘った。

 

18歳:初めて好きな人ができたけれど、告白が恥ずかしくてついにできず、別れたことを今でも根に持っている(妻となる人にははっきり言えてよかった)

 

21歳:大学在学中、アルバイトを始める。人手不足かつとても忙しい日々を過ごしながら「どうせなら自分から楽しいことをしていきたいなあ⇒起業って選択肢があるのか」働き方の選択肢を見つける

 

27歳:自分で作った会社がうまくいかず、一度たたんで都落ち。実家でとことん自分を責める日が続く。「何をやっても駄目だな、お前は」など。自分を責めても自殺ができず、体中から毒素があふれ出て苦しい日々を送る。寝るのも怖かった日々。

 

28歳:「このままじゃいけない」決心を決め、小学校からの勉強をやり直す。高校の勉強で躓きながらも、学び直すうちに「自分は何もわかっていなかったんだなあ」大切な教えに気づかされる。 加えて、小説やイラストなど「今までの自分が手を出さなかった分野」に手を伸ばしてみた。

 

29歳:「定義」と「自己肯定」こそが生き方を決めると気づかされ、不安な日々が起きても、心が強くなったと感じる。でも子供の誘惑にはめっぽう弱くなる。

 

35歳:人生初の交通事故(物損)に出会う。冬道の運転で車を上下に大回転(スピンではない)を体型氏、何とか命を取り留め、なぜ生きているのかわからない状態に陥る。

自分の生き方はすべて自分が握っている。わずかな瞬間にしか現れない「自分の真実」を表に引きずり出し、ピンチからチャンスを生み出す発想や視点をブログやメルマガ他で提供中。