万年筆と消防車

ども、しゃしゃ。
鳥越俊太郎さんがハフィトンポストでこう述べている。

「日本の危機を訴えるのに、ペンの力って駄目、力がない」と。
私はそう思わない。なぜ彼の力だとダメなのか。

 

ペンの力は今の時代、ダメなのか?

※ 鳥越さんの立場を擁護するツイートがなくて驚いた

昔は通じたけれど、今は通用しない。浮かんだ要因を書いてみたよ。

1 今の時代傾向を読み間違えている
2 信頼する人よりしない割合が多い
3 自分の罪や宿命に向き合う

引用:「ペンの力って今、ダメじゃん。だから選挙で訴えた」

 

今の時代傾向を読み間違えている

今、多くの人はどこに不安を抱いているか?
全国民のうち「相対的」にどこを問題視しているか?

昔はそこをたいした読まなくても、
パソコンやスマホといった「媒体手段」が限られていた。
大手メディアの出す情報がすべての判断材料だった。

けれど今は色々な視点から情報を得てしまう。
また、大手メディアが「出すべき情報」を出さない。

「報道しない自由」と呼ばれているね。
鳥越さんもインタビューで述べているよ。

「メディアが肝心のところを国民に知らせない」
彼自身もわかっているんだよ。

でも肝心のところを出そうとしたとき、
「彼にとって不愉快な事実」が浮かび上がったとする。

「こいつの『客観的な』業績を認めないから言わない」判断し、
言わなかったら……「肝心の内容」を知らせていない。

読者や視聴者は「彼にとって不都合な事実」こそ知りたかった。
読者の中には「不都合で非合理的な現実」を受け入れる力がある。
出す側にも受け入れる力がなければ、逃げてしまう。
そこに「こいつは薄いなあ……」判断を下すのだ。

結局「今の時代」において、
国民が現状を把握し、どこまで「危機意識」を高めているか?
ペンの力が弱いのでなく、現状に対する危機意識を読めてない。

 

信頼する人よりしない割合が多い

「僕はペンの力なんか、全然信用していない」
こう述べると、鳥越さんがこの後「訴えたい」ことを述べても、
そもそも本人がペンの力を信用していないので、
「薄い、軽い、心に響かない」駄文が出来上がる。

他にも過去に「名言、かっこいい言葉」を述べながら、
当事者になってしまうと、過去と全く違う態度に出る。

人は「今」だけを見てほしいものだけど、
他人は「その人の過去」も見て判断している。
結果「こいつは言葉と行動の矛盾が多い」判断すると、
信頼されなくなって、離れていく。

なので「ペンの力」というよりは彼の生き方が現れているだけ。
より深く言うと、不都合な事実や無力、不勉強に気づいたとき、
「初心に帰って」勉強し直すか、怠るか……。

誰でもできる部分に人生の境目はあるよ。

 

自分の罪や宿命に責任を持つ

自分が過去に作った罪や宿命から逃げることなく、
真正面から取り組んでいるかどうかも、ペンの力が強くなる指標だ。

例えば罪を犯したとする。誰も見ていない。
しかし「自分自身」は知っている。記憶から抜けたという人もいるだろう。

でも簡単に記憶から抜けるほど、
自分が蒔いた種は体のどこかが覚えているもの。

罪も自分が抱く弱さ、情けなさ……
生きるとこういったものが否応なく押し寄せる。
そのとき、責任を持って受け入れるか、
目を閉じて「見なかったこと」にするかで、結果は違う。

 

ペンの力が弱い人が選挙に訴えても

鳥越さんはこう述べている。
「ペンの力って今、ダメじゃん、力がないじゃん」

「力」に注目するよ。
彼は選挙に訴えて野党連合の「力」を持って臨んだ。

けれど「現状における不満」をきちんと把握している人、
小池百合子さんが当選した。

鳥越さんは野党連合の力を借りていた。
一人の力では弱いけれど、他人とくっついて強くなる。

けれど「彼にとってのお客様(今回だと都民)」
が抱く不満、 不安、危機意識を読めていなかった。
だから小池百合子さんに比べて「軽い」のだ。

いくら力があっても、
現状に対する「危機意識」がずれていると、力は最大限に発揮しない。

「現在、危機意識のある場所」に目を向ける。
しゃしゃも今後、大きな力を借りたいなあ~
考えているなら、自分にとって「商売」すべき分野において、
相対的にどの部分に「今そこにある危機」を抱いているか。

読み取らないと、周りに応援があっても力は発揮しない。
鳥越さんは落選後も勉強させてくれるねえ。

 

おまけ:小池百合子さんの勝因他

小池百合子さんの勝因を握った参謀は?

鳥越さんのインタビュー最後あたりを読んで、
彼が負けた理由の一つがわかった。

「参謀」との意思疎通不足だね、詳しいことは上記リンクを読んでん。

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著者紹介

千賢 光太郎
千賢 光太郎

ティラノスクリプトや小説家になろう、ピクシブ他で物語を書きながら、
「私が気になった事件」の裏側を作家の視点で書いているおっさん。

雷が苦手で、光を見ると頭が固まる(元から固い)。
月初めは墓参りと神社参拝を行い、賽銭箱へ1万円を入れた際、とても気持ちがすっきりした。

0歳:釧路のある病院で生まれる。暇さえあれば母乳を吸って、ご飯を4膳食べても体重が落ちるほど、母のダイエットにものすごく貢献したらしい

3歳:行方不明になり、全裸で海を泳ごうとしたところ、いとこのお姉さんに発見され、この世へ留まる

8歳:自分のお金でおもちゃのカードを初めて買い、経済を知る。なぜか父親に怒られ、家出するがすぐに見つかる。

12歳:学校で給食委員長になる。委員長として初めて全校生徒の前にて演説する際、原稿用紙を忘れてアドリブで笑いを誘いながらも何とかやり過ごし、多くの生徒に名前と顔を覚えてもらう。また、運動会の騎馬戦では変なアドリブを行い、多くの笑いを誘った。

18歳:初めて好きな人ができたけれど、告白が恥ずかしくてついにできず、別れたことを今でも根に持っている(妻となる人にははっきり言えてよかった)

21歳:大学在学中、アルバイトを始める。人手不足かつとても忙しい日々を過ごしながら「どうせなら自分から楽しいことをしていきたいなあ⇒起業って選択肢があるのか」働き方の選択肢を見つける

27歳:自分で作った会社がうまくいかず、一度たたんで都落ち。実家でとことん自分を責める日が続く。「何をやっても駄目だな、お前は」など。自分を責めても自殺ができず、体中から毒素があふれ出て苦しい日々を送る。寝るのも怖かった日々。

28歳:「このままじゃいけない」決心を決め、小学校からの勉強をやり直す。高校の勉強で躓きながらも、学び直すうちに「自分は何もわかっていなかったんだなあ」大切な教えに気づかされる。
加えて、小説やイラストなど「今までの自分が手を出さなかった分野」に手を伸ばしてみた。

29歳:「定義」と「自己肯定」こそが生き方を決めると気づかされ、不安な日々が起きても、心が強くなったと感じる。でも子供の誘惑にはめっぽう弱くなる。

自分の生き方はすべて自分が握っている。わずかな瞬間にしか現れない「自分の真実」を表に引きずり出し、ピンチからチャンスを生み出す発想や視点をブログやメルマガ他で提供中。

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