※ 子供が書いた絵その1
ども、しゃしゃ。
私のブログでホ・オポノポノに関する記事が読まれている。
そこで関連として私が実体験を通し、つかんだ楽しさを語るよ。
決意はあるのに行動できない
noteにね興味深い意見があったんだ。
「○○をやろう」決意した。しかしやらなかった、やれなかった。
考えるだけでげんなりする。「行動」しなければとわかっているのにできない。
しゃしゃはどうだろう?
私もかつて「決意」はいいものの「行動」しないから、
結果もたいした残らなかった。そんな自分にイラついた。
しかも行動しようと考えたら、
どういうわけか気持ちが「行動しないでくれ」働く。
それで余計な方向に時間を費やそうとするんだ。
でね、やらなかったら「またやれなかった」
やりたいのにやろうとせずに悶々とする日々。
原因はわかっている。
それをやることが私にとって最も恥であり、同時にとてもやりたいことだからだ。
心の奥底で拒む自分がいるんだ。
考え方を変える
※ 公募を求める心理もここにつながっている
私は二つの対策を取った。
一つは心の声を無視して、強引にやることだ。しかし数日たつと戻ってしまう。
ドーピングとしての効果はあるけれど、長い目で見たら効果がない。
そこでもう一つの考え方,、「実験」として考えてみた。
「大変やりたいことだけど、恥と頭の中で認識するもの」
に対し、「自分の価値を上げる実験」と置くことで、
恥を持つ考えでなく「実験物」として扱うようになった。
するとサクサク進むんだ。
自分を追い詰めない
書いていることは簡単、だからこそ迷いやすい。
心から理解するのにどれほどかかったことか。
後ね、ヒューレン博士は「潜在意識の記憶が再生する」述べているんだ。
記憶の再生って簡単に言うと、
「ああ、やれなかっただめだなあ」をつぶやくこと。
やらなかった「過去」の自分を、「現在の自分」が評価することなんだ。
この行為によって「記憶の再生」が始まっている。
記憶が再生すると、時間があっても「手・思考も止まり」やろうとしない。
私もこうだったからこそ、考えを改めた。
「自分がやることは全て実験なんだ。
成功も失敗もどちらにしろ、価値を持つ重大な行為なんだ」
問題に気づいたら感謝
記憶の再生こそ問題であり、気づいたことで感謝をしよう。
「現在」しゃしゃが読むブログにて、挫折したくなる事実にさらされた。
でも事実に気づいたからこそ感謝したら、ふっと私の前に一通のメールがあった。
その人は私の中で面白いと感じるブログであり、
さっそく読んでみると、私がとるべき対策に気づかされた。
後は対策に従って行動するだけ。
こうして一つずつ「記憶の再生」に対して感謝すると、
インスピレーションが降ってくるわけ。
しゃしゃ、どこが「インスピレーション」かわかる?
私の前に一通のメールがあり、開く行為。
「インスピレーション」がもたらしたご褒美なんだ。
「え、それがインスピレーションなの!!」
一見思うことが、彼がもたらす働きなのだ。
とおろが「記憶の再生」にとらわれていると、
インスピレーションが目の前を通り過ぎているのに、全く気付かないのだ。
記憶の再生は不都合な事実に気づいた自分に対し、
感謝しない限り、いつまでも繰り返される。
決意はあるのに行動できない場合
「ご自身の成長に欠かせない不都合な事実」が眠っている。
不都合な事実ほどありがとうと手を叩いて感謝する。
そうすると「これを見たい」「あれしようかなあ~」
ふっとわいてくるんだ。
それをすぐにやると、一見変わりがないように見えても……
1か月もたつと大きく変わっているのだ。
「不都合な事実ですらわくわくできる日々を過ごしたいなあ」
思うならぜひ、オポノポノを実践しつつ、
私が書いた記事をブクマに保存し、何度も読み返してみてね。
後、成功と失敗は単なる概念であり、人体実験の成果にすぎぬ。
こいつらを気にするくらいなら、
しゃしゃの中で「これやったら面白そう」なことをどんどん実験していこう。
こちらもオポノポノについて語っているから、合わせて読んでおいて。