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庁瀬半党
※ これが一番人気らしい…おいおい

おはよう、しゃしゃ。民主党と維新の党が合体した。
名前を公募しているが「朝鮮半党」「反民主党」「居直り強党」
大喜利が続いているよ。

なぜ自分たちで名前を決めないのだろう?
背後にある心理として「失敗恐怖症」があると確信した。

 

与党の揚げ足取り

民主党は与党こと自民党の揚げ足を取っている。
はじめは揚げ足を取って民主党の存在を目立たせたい。
そう思っていたんだけど、名前を公募する背後にある心理を読むと……

「自分たちの失敗を指摘されることが怖い」

安倍総理が国会答弁で民主党議員の質疑応答に対し、
「民主党時代は~だった。私は事実(ファクト)を述べている」
上記発言をすると「私(民主党側)はそんなこと聞いていません」反論する。

相手を糾弾するという背後の一つに、
「自分が犯した過ち・失敗」を他人に指摘されたくない。

指摘される前に相手を糾弾し、
自分は糾弾されないよう、安心な場にとどまる。

しゃしゃは自分の失敗を知られたくないため、
相手の失敗を大げさに騒ぎ立てた体験はないだろうか?

 

公募の背後にある恐怖症

彼らはなぜ自分たちで名前を決めないのだろう?
一つは国民の方向を向いているよという宣伝だ。

でも別の視点から見ると、
「自分たちで物事を決めると、後で必ず責任を負うから怖い

何か政策を行い、失敗した。
責任を多くの国民が指摘すると、心が滅入ってしまう。

しゃしゃだってさ、自分の失敗を上司や部下から指摘されると、
「ああ、やっちまったあ。ごめん、本当にごめん」
心が苦しくならないかい?

委縮すると、自分で物事を決めるたびに国民から批判される。
そのうちだんだんと「自分らで決める怖さ」が現れ、
「自分たちで決めるより、他人が決めた政策に従うほうが楽
考えが変わってしまう。

そこから「依存症」が始まってしまうんだね。

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反省か批判か

しゃしゃがさ、ある部活のリーダーだとしよう。
自分の判断が多くの部員を惑わせて、部員から言われる。

「もうあなたの戦略は使えない、交代してもらう」

すると、しゃしゃはどんな気持ちになるだろう?
「自分のやり方は間違っていた」という事実だけ残る。

問題はこの後どうするかだ。
自分のやり方を再点検しながら、初心に帰るか。
過去を見直さず、交代した人のあら捜しを行い、自分の存在を際立たせるか?

 

反省は心が辛いけど

私もここ最近の生き方を見直していると、
逃げたくなる事実が山のように襲ってくるんだ。
それこそ人から指摘されてさ、引きこもりたくなる事実もある。

しかしそこに向き合うって苦痛に見えて実は楽しい。
むしろ事実に向き合うからこそ、楽しさが見えてくるんだ。

事実の大半は受け入れがたい現実だ。
でもね、逃げることなく真正面から見つめるとさ、

「ここをこうしたほうがいいんでねえか?」
対策が見えてくるわけ。

実行していくと初めのうちは変わらないけれど、
数か月後に目に見える形で成果が出るのよ。

だからね目を背けたい事実は逃げるのでなく、
むしろ向き合って自分の生き方を変える娯楽にすべき。

自分を良い方向に変えることこそ、一番の娯楽だからね。

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