ゴジラキングオブザモンスターズ感想:やっぱアメリカやw

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画像元:島の夜、嵐がきた。 | のぶ #pixiv

おはよう、しゃしゃ。

見てきたよ、ゴジラの映画を!

ゴジラさんとキングギドラさんが王者をかけて戦ってくれる映画、
Godzilla: King of the Monstersを鑑賞してきた
よ。

以下、KOMゴジラと表記する。

KOMゴジラはアメリカの思想を知るうえで面白いと、
思ったところがあるので書いていきたい。

ネタバレをがっつり含むぜ。

 

西洋人が見る怪獣の定義が現代文のテーマだった件

しゃしゃが今、受験生ならKOMゴジラを見に行くといい。
KOMゴジラと日本ゴジラにおける大きな違いが提示されている。

外見やカッコよさといった形もだけど、
アメリカにとってゴジラとはどんな存在か?

キングギドラやモスラほかはどんな存在として描かれているか?

日本は制御不能な装置として描かれており、
欧米は制御可能で統制できる道具として描かれている。

もちろんゴジラは制御不能なんだけど……
怪獣の仕組みを応用した道具を作り、制御可能な装置として働いている。

受験現代文ではテーマの一つに「自然をどうとらえるか」がある。
文明論や文化論につながる部分だ。

日本は「調和、畏怖」で見ており西欧は「征服」で見ている

KOMゴジラと日本人監督が作ったゴジラ(特に初期)を見比べると、
怪獣を通して「彼らが見る自然とは何か?」がわかる。

ちなみに科学は「神様を解剖」するところから始まった。
神様の仕組みをつかんで利用するために発達した学問だ。

おかげでパソコンやスマホを利用でき、
私たちの生活に欠かせない道具として存在しているね。

参照:全く真逆? 自然に対する東西の考え方

 

怪獣の戦いという視点から見る

KOMゴジラでがっかりした部分はラドンの扱い方だ。
ラドンさん、かませじゃないですかあw

まさかラドンのみゴジラと戦わないで、
モスラに戦いを挑んだ挙句、返り討ちにあうとは思わなかった。

三大怪獣地球最大の決戦ではゴジラとラドンが、
ゆる~い戦いを繰り広げていたので期待をしていたんだ。

ラドンとゴジラがぶつからなかったところに不満を抱いたよ。

一方でゴジラはキングギドラと激しいぶつかりあいをした。
日本映画「ゴジラvsキングギドラ」前半戦を思い浮かべるほどの肉弾戦に、
ワクワクしたのだけど……集中できなかった

南極やボストンでゴジラとキングギドラがぶつかり合っているとき、
同時並行で主人公たちが逃げまどったり娘を救出したりと、
怪獣の戦いと人間の動きが一緒に映っていた

怪獣同士の激しい戦いと人間の行動に注目せねばならず、
「もっとぶつかれ、激しく戦え」心より生じる闘争本能に火が付かなかったよ。

作品を書く上でも勉強になった。

自分のうる覚えとしてゴジラvsキングギドラやビオランテでは、
怪獣と戦っている間、人間の役割は棒立ちによる解説だった。

あくまでもメインは怪獣同士の肉弾戦であり、
人間は肉弾戦でわからないところを補佐する役目
だった。

わからないところとは怪獣同士の脅威やすごさ、
何でゴジラがこんな行動をとったのかといった部分だ。

ウルトラマンシリーズでもウルトラマンと怪獣が戦う時、
間にがっつりと人間ドラマをはさめない。

あっても怪獣vsウルトラマンのように、
人間と宇宙人が肉弾戦を繰り広げているときだ。

色に例えると怪獣の肉弾戦は真っ赤であると定義するなら、
人間が逃げまどうさまは補色(反対側)の緑であり、
人間と宇宙人が肉弾戦を繰り広げるさまは類似の桃や橙色だ。

相反する展開が起きるからこそどちらにも集中できず、
良い意味で冷静、悪い意味で集中できなかった
よ。

日本とアメリカの違いだろうか?
日米関係なく監督の狙いによる違いだろうか。

 

家族の物語としてみるKOMゴジラ

KOMゴジラは環境テロリストによって怪獣の封印が説かれ、
特にキングギドラ+人類がゴジラをぶっ倒して王者となり、
世界中が天変地異になってしまった。

怪獣王者がゴジラ→キングギドラになったので、
今まで黙っていた怪獣どもが大暴れし、人類の危機に立たされた。

ゴジラを復活させてキングギドラと王者対決を行い、
人類やモスラがゴジラを援護しながら、
何とかキングギドラを倒し、ゴジラは王者に返り咲いた。

ちなみに環境テロリストは続編にも出る予定なのか、特に作中内で罰されずに終わった。

KOMゴジラは人間ドラマもキーポイントにある。
一つは父親と母親の対立から許しまで。
もう一つは怪獣の扱い方における人々の立場
についてだ。

「父親」という立場からドラマを見ると、
冒頭ではゴジラに自分の息子を殺されて憎んでいた。

別居中の妻と娘が環境テロリストに誘拐されて、
妻はともかく娘だけはせめて取り戻そうと頑張った。

最後は環境テロから抜けた妻と一緒に娘を探し、父親としての尊厳を取り戻した。

「母親」という視点で見たら、「娘」という視点で見たら……

人にも物語–現状問題と達成したい目標–があり、
人が何を手に入れるためにどんな問題と向き合っているか?

人間ドラマで見ると面白いんじゃないかと思う。
ただゴジラの場合はあくまでも怪獣による肉弾戦がメインであり、
人間ドラマは記憶から抜けても問題ない。

私の場合は怪獣の肉弾戦よりも父親の生き方に深い印象を抱いたよ。

もちろん自分が子供だったら、父親の生き方なんぞどーでもよく、
肉弾戦の凄さのみが記憶に残るのだろう
けれど。

……年を取ったんだなあ。

 

やっぱアメリカ人が作ったゴジラだなあ

元ネタが日本のゴジラであっても、
根底思想に「西洋の価値観=キリスト教の価値観」があるとわかった。

日本と違うからこそ違和感を抱くし、
「へえ、アメリカではこう捉えているのか」面白さもあった。

人間ドラマとしてみると、日本ゴジラより記憶に残る。

日本ゴジラは「ゴジラ単体」なら人間ドラマにも目を向けるが、
VSシリーズはほとんど目を向けない。

一方でアメリカ人らしいコミカルな描写
日本とは違う意味での怖さがあって勉強になった。

例えばキングギドラは日本版よりKOMのほうがはるかに怖く、
なぜキングギドラが地球にいてはならないのか?

ゴジラとキングギドラの違いがはっきりと分かってよかった。
(形の違いは言うまでもない)

怪獣同士が戦っているとき、
映画館全体が暗いせいで怪獣同士の戦いにおいて一部、
何をしているのかよくわからない
ところがあった。

最後のゴジラが王者として君臨するシーンはよかった。

次回作、コングとの闘いがとても楽しみだよ。

ちょっとまって

ゴジラに関する映画の感想としてはこちら。

私にとってゴジラはvsシリーズなので、
シンゴジラは人間がどう知恵を絞ってゴジラを倒すか。

自然を征服するという考えでなく「単なる敵」をどう排除するか?
こっちのゴジラでvsシリーズは無理だろうなあ。

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ティラノスクリプトや小説家になろう、ピクシブ他で物語を書きながら、 「私が気になった事件」の裏側を作家の視点で書いているおっさん。

プロフィール画像は自画像でなく、Megabe-0ブログのマスコット、めがびちゃん。

 

雷が苦手で、光を見ると頭が固まる(元から固い)。 月初めは墓参りと神社参拝を行い、賽銭箱へ1万円を入れた際、とても気持ちがすっきりした。

 

■ 簡単な自分史 ■

0歳:釧路のある病院で生まれる。暇さえあれば母乳を吸って、ご飯を4膳食べても体重が落ちるほど、母のダイエットにものすごく貢献したらしい

 

3歳:行方不明になり、全裸で海を泳ごうとしたところ、いとこのお姉さんに発見され、この世へ留まる

 

8歳:自分のお金でおもちゃのカードを初めて買い、経済を知る。なぜか父親に怒られ、家出するがすぐに見つかる。

 

12歳:学校で給食委員長になる。委員長として初めて全校生徒の前にて演説する際、原稿用紙を忘れてアドリブで笑いを誘いながらも何とかやり過ごし、多くの生徒に名前と顔を覚えてもらう。また、運動会の騎馬戦では変なアドリブを行い、多くの笑いを誘った。

 

18歳:初めて好きな人ができたけれど、告白が恥ずかしくてついにできず、別れたことを今でも根に持っている(妻となる人にははっきり言えてよかった)

 

21歳:大学在学中、アルバイトを始める。人手不足かつとても忙しい日々を過ごしながら「どうせなら自分から楽しいことをしていきたいなあ⇒起業って選択肢があるのか」働き方の選択肢を見つける

 

27歳:自分で作った会社がうまくいかず、一度たたんで都落ち。実家でとことん自分を責める日が続く。「何をやっても駄目だな、お前は」など。自分を責めても自殺ができず、体中から毒素があふれ出て苦しい日々を送る。寝るのも怖かった日々。

 

28歳:「このままじゃいけない」決心を決め、小学校からの勉強をやり直す。高校の勉強で躓きながらも、学び直すうちに「自分は何もわかっていなかったんだなあ」大切な教えに気づかされる。 加えて、小説やイラストなど「今までの自分が手を出さなかった分野」に手を伸ばしてみた。

 

29歳:「定義」と「自己肯定」こそが生き方を決めると気づかされ、不安な日々が起きても、心が強くなったと感じる。でも子供の誘惑にはめっぽう弱くなる。

 

35歳:人生初の交通事故(物損)に出会う。冬道の運転で車を上下に大回転(スピンではない)を体型氏、何とか命を取り留め、なぜ生きているのかわからない状態に陥る。

自分の生き方はすべて自分が握っている。わずかな瞬間にしか現れない「自分の真実」を表に引きずり出し、ピンチからチャンスを生み出す発想や視点をブログやメルマガ他で提供中。