おはよう、しゃしゃ。
しゃしゃは「どちらかといえば自分の個性は強い」ほう?
例えば小説を書くとき、みんなが題材にしていないようなものを選ぶ。
例えば仕事をするときにみんなが浮かばないようなことをやる。

個性を出す写真

個性が強いとみんなのやり方に反旗を翻し、勝手に色々やってしまい、大きな失敗をするよね。
もちろん、その失敗は未来につながるからいいことだ。

でも、個性が強いと考えているからこそ反対に、みんなと同じことをやってみるといいよ。
個性なんてみんなと同じところにつくんだから。

 

個性は受け入れてもらえない

tanpopo
※ タンポポ | ひさかた [pixiv] より

ブログでもなんでも「個性」が求められている。
だからこそ「みんなと違う」ものを提供しなければならない。
そう思うでしょ?

私だってそう思っていた。でもね、違うんだ。
個性を追求しても、周りが興味を持ってくれないことに気づいた。

一つ目の理由は周りが自分についていけないから。すなわち情報格差だね。
二つ目の理由はしゃしゃと私の生き方が違う。

じゃあどうしたらいいのだろう?

みんなと同じ生き方を志してみること。個性なんてね、気にしなくても大丈夫だよ。

草で言うとさ、雑草の中に一輪だけ咲くタンポポがあると目立つでしょ。
目立つからこそみんなそこに向かいたいと思っている。
私だって思っていた。けれど気づいたら、周りがみんなタンポポだった。
じゃあタンポポじゃなくてバラを咲かせたらいいんじゃないか?

と思うけれど、それは違うんだ。
雑草の中にあるタンポポを目指す生き方(個性をさらに追求)
と同じやり方で好ましくない。

むしろ、個性が叫ばれているからこそ反対の視点、
雑草になるべきだと私は思っている。

「みんなと同じ」をむしろ目指していくんだ。
そうすると気が付くんだよ。みんなと同じを目指すことがいかに難しいかって。

 

個性は強迫観念

お化けのアイコン(X'masバージョン) | Nemo提督 [pixiv]
※ お化けのアイコン(X'masバージョン) | Nemo提督 [pixiv]

しゃしゃには確実に個性がある。
「いやいや、個性がないよ」といっても、確実にある。
しゃしゃの生き方そのものが「個性」の正体だ。

すなわち、しゃしゃの生き方を今一度見直してごらん。
生き方において、しゃしゃが最も好ましいと感じることを集めてごらん。
個性なんて追求しなくても、生きるということがすでに個性を追求していることになる。

「個性を追求しなければ……」
強迫観念に似た気持ちは個性の追求でなく、
「個性」という名のお化けから情報攻撃を受けて、洗脳されているだけだ。

だから個性なんて追求しなくていい。
むしろみんなと同じ生き方、考え方を目指していこう。
同じ生き方をしていたら、勝手に個性が出る。

あまり気にしなくていいんだよ。

 

縁起

みんなと同じが嫌い。私も昔はそうだったよ。
だからみんなとは違う道を一人歩む決意をした。今でもそれは貫いている。

しかし、周りがいて私が存在する。
私だけしか存在しないのなら、別にブログ記事を書くこともないし、
しゃしゃが少しでも気持ちが楽になるような記事を書く必要もない。

しゃしゃも私がいて、友達がいて、仲間がいて、敵がいて……
「人」がいることで初めて「個性」が成り立つ。

すなわち、一人の生き方を見れば、勝手に影響を受けるものさ。
個性なんてあるようで実は先人のパターンに沿って生きているだけ。
私だってすでに誰かのパターンに沿って生きている。

「個性を追求しなければ」考える人にとって絶望を与える言葉だ。
でもそれがいいと思うようになった。
「所詮、個性を追求しているようで、実はみんなと同じなんだ」

 

嫌いなことをやってみる

「みんなと同じ」に気づいたら試してほしいことがある。
しゃしゃにとって最も嫌いなことを一つしてみよう。
嫌いというか、どちらかといえばやりたくないことをやってみよう。

やりたくないことはしゃしゃにとって最もつまらない事だ。
個性が目立つこともなければ、雑草になるんじゃないか。
自分の中にある独創性が埋没されてしまい、人生が狂ってしまうんじゃないか?

様々な恐怖は出てくると思う。だからこそやってみてほしい。
実際にやると埋没なんてしないし、むしろ追及すると面白さが出てくる。

面白さこそまさに個性だ。しゃしゃにとって別の価値が出てくるだろう。
そうしたら追及してごらん。必ずしゃしゃの生き方に影響を与えていくよ。

 

結び:勝手に独創性はつく

独創性がないと、みんなに見てもらえない……試行錯誤する姿は大変美しいと思う。
だからこそ、独創性をいったん捨てて、みんなと同じことをやろう。

同じことを実際にやると、同じことに見えて実は独創的な行動をとっている。
勝手に個性が出ちゃうんだ。

「個性がないと見てもらえない」「個性がないと……」
それは「個性脅迫」という一種の強迫観念だ。一度「個性」を捨てて埋没してみよう。

知らない間に個性が出ちゃっているんだ。
逆説なんだけど、個性を追求してもある種のパターンに陥る。
反対にみんなと同じを追求したら個性が出ている。

私も気づくまで10年以上かかったよ。じゃあまたね、しゃしゃ。

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著者紹介

千賢 光太郎
千賢 光太郎

ティラノスクリプトや小説家になろう、ピクシブ他で物語を書きながら、
「私が気になった事件」の裏側を作家の視点で書いているおっさん。

雷が苦手で、光を見ると頭が固まる(元から固い)。
月初めは墓参りと神社参拝を行い、賽銭箱へ1万円を入れた際、とても気持ちがすっきりした。

0歳:釧路のある病院で生まれる。暇さえあれば母乳を吸って、ご飯を4膳食べても体重が落ちるほど、母のダイエットにものすごく貢献したらしい

3歳:行方不明になり、全裸で海を泳ごうとしたところ、いとこのお姉さんに発見され、この世へ留まる

8歳:自分のお金でおもちゃのカードを初めて買い、経済を知る。なぜか父親に怒られ、家出するがすぐに見つかる。

12歳:学校で給食委員長になる。委員長として初めて全校生徒の前にて演説する際、原稿用紙を忘れてアドリブで笑いを誘いながらも何とかやり過ごし、多くの生徒に名前と顔を覚えてもらう。また、運動会の騎馬戦では変なアドリブを行い、多くの笑いを誘った。

18歳:初めて好きな人ができたけれど、告白が恥ずかしくてついにできず、別れたことを今でも根に持っている(妻となる人にははっきり言えてよかった)

21歳:大学在学中、アルバイトを始める。人手不足かつとても忙しい日々を過ごしながら「どうせなら自分から楽しいことをしていきたいなあ⇒起業って選択肢があるのか」働き方の選択肢を見つける

27歳:自分で作った会社がうまくいかず、一度たたんで都落ち。実家でとことん自分を責める日が続く。「何をやっても駄目だな、お前は」など。自分を責めても自殺ができず、体中から毒素があふれ出て苦しい日々を送る。寝るのも怖かった日々。

28歳:「このままじゃいけない」決心を決め、小学校からの勉強をやり直す。高校の勉強で躓きながらも、学び直すうちに「自分は何もわかっていなかったんだなあ」大切な教えに気づかされる。
加えて、小説やイラストなど「今までの自分が手を出さなかった分野」に手を伸ばしてみた。

29歳:「定義」と「自己肯定」こそが生き方を決めると気づかされ、不安な日々が起きても、心が強くなったと感じる。でも子供の誘惑にはめっぽう弱くなる。

自分の生き方はすべて自分が握っている。わずかな瞬間にしか現れない「自分の真実」を表に引きずり出し、ピンチからチャンスを生み出す発想や視点をブログやメルマガ他で提供中。

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