おはよう、しゃしゃ。
12月15日火曜日のザ・ボイスがとても面白かった。
日本共産党の小池晃さんがここまで面白い人だとは思わなかった。
ただし、長谷川幸洋(以下ユッキー)との討論に限定する。

どこが面白いかといわれると、「融通が利かない」ところだ。

 

ネタにマジレス

※ まこりーさんが編集したザ・ボイスはこちら

しゃしゃ、きいた? 聞いている?
前半30分ほどしゃべるけれど、かなり面白いでしょ。
ユッキーがおちょくって、小池さんが怒った声を出して答えるんだよ。

ネタに対してマジレス(冗談に対し、躍起になって反論すること)
小池さん余裕なさすぎ。それじゃあほかの議員にからかわれますぜ。
おちょくられて遊ばれますぜ。でもって、失言だしますよ(出したけど)

また、南シナ海は野田聖子議員と同じで「日本には関係ない」
と述べているあたり、あまりにも自国内しか見えていない。

もちろん、自国を見るのは大切なことだよ。
でも自国しか見なくても他国が色々やってくる。
その時周りを見ておかないと、攻められたとき終わりだよ。

「ああ、共産党は私と大きく違う思想を持っているなあ」
ユッキーが小池さんをゲストに招いて本当によかったよ。

 

マジレスな対応から見えること

私の若いころは共産党支持者ではないけれど、
小池晃さんのように、ネタに対してもマジレスする人間だった。
けれども社会に出てから、マジレスだけでは通用しないことが分かった。

いや、マジレスを利用して心を操作する人に出会ったことで、私は鍛えられたんだよね。
日本共産党は小池さんのような考え方ばかりじゃない。
と思っているけれど、相手のいじりに対してマジレスしてむっとなると、
余裕がないと見られてしまう。そうなると不安になってくるんだ。

政治ほど綺麗ごとと汚いことが同時に成り立つ場所もない。
国民に対してはきれいなことを述べながら、
なるべく国民が見えないところでは汚い事もやっている。

なぜ汚い事もやるか? 世の中の流れを見たうえで判断しているからだ。

政治だけでなく社会、働くこと全般に言えるけれど、
世の中の状況に対して、時と場合によっては意見を変える覚悟も必要だ。
ただし、意見を変えるときはきちんと現実を認識しないといけない。

意見を変えるということはある意味、自分の立場や生き方も変わる。
すなわち味方だった人が敵に寝返る可能性も考えられる。
そうなると、独りぼっちになってしまうんだ。そこが人間が持つ心の弱さだ。

他人じゃない、自分の心の弱さに打ち勝たないと、
現実を認識した状態で物事を正しく見ることなどできない。

現実に起きていることを踏まえずに、
選挙で人気を得たいがために意見を変えても、国民は納得しないだろう。

小池さんの話を聞いていると、
現実を一部否定していながら、意見をころころ変えているんだよね。
というより個別的自衛権と集団的自衛権の部分はまさに矛盾があった。

 

大逆転の神様

小池さんを通して思ったこととして、なぜずっと自分の意見に固執するのだろう?
昔に比べて少しは意見を変えたかもしれない。
でも、「こうじゃなければだめだ」という部分ががっちり残っている。

私も人のこと言えたものじゃないけれど……
だからこそ自分を例に「意見を固執する背景」を語りたい。

意見を固執するとき、自分の中に「大逆転する神様」がいると信じている。
何と言ったらいいのだろう。人間誰もが自分の中に「指導霊」という存在がいる。
見えないし話もできないんだけど、感じる存在。

「自分がピンチでも、最終的には逆転するだろう」
アニメでいう、ピンチの状態に大どんでん返しがやってきて、
「やっぱり自分たちが正しかったんだ」という展開にそっくりだ。

私も実はこの気持ちを過去に持っていた。
そして見事に「大どんでん返しの神様はいない」という事実が、
身をもって分かった。
若いころに体験して良かったよ。

成長するには「大逆転の神様はいない」
ことを自覚し、受け入れなければならない。

たいていは否定する。だから余計苦しむし、自分の考えに固執してしまうんだ。
結果として自分の人生をすべて否定し、生まれ変わる覚悟が必要だ。

人と話をしているとそこが否応なくわかる。
ザ・ボイスでもそこがきちんと出てしまった。

 

自分を変えたいなら絶望を味わえ

自分を変えていくにはどうするか? そりゃ絶望を味わうしかない。
絶望を味わって意固地になっても、良いことはない。

お釈迦様が空腹修行を行ってもよいことはなかった。
その後、女の子にいただいたスープですくわれたと、彼は述べていた。
そこから考え方が変わったそうだ。

絶望を味わい、自分の全てを捨てる覚悟がないと、人間は到底変わることなんてできない。

だから絶望の淵にいる人は今、自分を大きく変えるチャンスだと思い、
絶対に自殺などせず、寿命が尽きるまで生き抜いてほしい。

じゃああまたね、しゃしゃ。

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著者紹介

千賢 光太郎
千賢 光太郎

ティラノスクリプトや小説家になろう、ピクシブ他で物語を書きながら、
「私が気になった事件」の裏側を作家の視点で書いているおっさん。

雷が苦手で、光を見ると頭が固まる(元から固い)。
月初めは墓参りと神社参拝を行い、賽銭箱へ1万円を入れた際、とても気持ちがすっきりした。

0歳:釧路のある病院で生まれる。暇さえあれば母乳を吸って、ご飯を4膳食べても体重が落ちるほど、母のダイエットにものすごく貢献したらしい

3歳:行方不明になり、全裸で海を泳ごうとしたところ、いとこのお姉さんに発見され、この世へ留まる

8歳:自分のお金でおもちゃのカードを初めて買い、経済を知る。なぜか父親に怒られ、家出するがすぐに見つかる。

12歳:学校で給食委員長になる。委員長として初めて全校生徒の前にて演説する際、原稿用紙を忘れてアドリブで笑いを誘いながらも何とかやり過ごし、多くの生徒に名前と顔を覚えてもらう。また、運動会の騎馬戦では変なアドリブを行い、多くの笑いを誘った。

18歳:初めて好きな人ができたけれど、告白が恥ずかしくてついにできず、別れたことを今でも根に持っている(妻となる人にははっきり言えてよかった)

21歳:大学在学中、アルバイトを始める。人手不足かつとても忙しい日々を過ごしながら「どうせなら自分から楽しいことをしていきたいなあ⇒起業って選択肢があるのか」働き方の選択肢を見つける

27歳:自分で作った会社がうまくいかず、一度たたんで都落ち。実家でとことん自分を責める日が続く。「何をやっても駄目だな、お前は」など。自分を責めても自殺ができず、体中から毒素があふれ出て苦しい日々を送る。寝るのも怖かった日々。

28歳:「このままじゃいけない」決心を決め、小学校からの勉強をやり直す。高校の勉強で躓きながらも、学び直すうちに「自分は何もわかっていなかったんだなあ」大切な教えに気づかされる。
加えて、小説やイラストなど「今までの自分が手を出さなかった分野」に手を伸ばしてみた。

29歳:「定義」と「自己肯定」こそが生き方を決めると気づかされ、不安な日々が起きても、心が強くなったと感じる。でも子供の誘惑にはめっぽう弱くなる。

自分の生き方はすべて自分が握っている。わずかな瞬間にしか現れない「自分の真実」を表に引きずり出し、ピンチからチャンスを生み出す発想や視点をブログやメルマガ他で提供中。

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