主人公と脇役。作品として今、タグの打ち込みをしているのですが、
その中において、人生で役に立つだろうと思われる部分に気が付きました。

 

それが主人公と脇役の違いです。

 

というより、人間は誰もが主人公でありながら同時に脇役でもあります。
これ、当たり前に思えて意識するかしないかで、大きく違ってきます。

たとえば人間、何かに向けて頑張っている時、
自分に与えられた問題に向き合っている時、現状を打破しようと頑張っている時、
こういった時、その人は主役となります。

一方その苦しんでいる、もがいている、喜んでいる他人に対して
あなたがその人に対し、何かしら働きかけるとき、その人はすでに脇役になります。
 

ここは当たり前と言ったら当たり前です。しかし、ここに気付くかどうか。
実際、当たり前ほど実は突き詰めるとすごく、得るものがあります
そして意識して生活することにより、そこに対して何をしたらいいか。
それが分かるようになっていくでしょう。

 

ここを利用すると、これを書いている私は今、この記事をうんうんうなって言葉をひねりだし、
それを書いているという時点で主人公です。その時、これをよんでいるあなたは「脇役」です。

でも同時に、これをあなたが読んで、あなたの人生に「主人公」と「脇役」の意識が芽生える。
そうすることによってあなたの人生に少なくとも何かしらの変化、視点が出たとき、
私はあなたにとって「脇役」となります。

ということで、商売も表現もそこらを考えてみると面白いかもしれません。

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著者紹介

千賢 光太郎
千賢 光太郎

ティラノスクリプトや小説家になろう、ピクシブ他で物語を書きながら、
「私が気になった事件」の裏側を作家の視点で書いているおっさん。

雷が苦手で、光を見ると頭が固まる(元から固い)。
月初めは墓参りと神社参拝を行い、賽銭箱へ1万円を入れた際、とても気持ちがすっきりした。

0歳:釧路のある病院で生まれる。暇さえあれば母乳を吸って、ご飯を4膳食べても体重が落ちるほど、母のダイエットにものすごく貢献したらしい

3歳:行方不明になり、全裸で海を泳ごうとしたところ、いとこのお姉さんに発見され、この世へ留まる

8歳:自分のお金でおもちゃのカードを初めて買い、経済を知る。なぜか父親に怒られ、家出するがすぐに見つかる。

12歳:学校で給食委員長になる。委員長として初めて全校生徒の前にて演説する際、原稿用紙を忘れてアドリブで笑いを誘いながらも何とかやり過ごし、多くの生徒に名前と顔を覚えてもらう。また、運動会の騎馬戦では変なアドリブを行い、多くの笑いを誘った。

18歳:初めて好きな人ができたけれど、告白が恥ずかしくてついにできず、別れたことを今でも根に持っている(妻となる人にははっきり言えてよかった)

21歳:大学在学中、アルバイトを始める。人手不足かつとても忙しい日々を過ごしながら「どうせなら自分から楽しいことをしていきたいなあ⇒起業って選択肢があるのか」働き方の選択肢を見つける

27歳:自分で作った会社がうまくいかず、一度たたんで都落ち。実家でとことん自分を責める日が続く。「何をやっても駄目だな、お前は」など。自分を責めても自殺ができず、体中から毒素があふれ出て苦しい日々を送る。寝るのも怖かった日々。

28歳:「このままじゃいけない」決心を決め、小学校からの勉強をやり直す。高校の勉強で躓きながらも、学び直すうちに「自分は何もわかっていなかったんだなあ」大切な教えに気づかされる。
加えて、小説やイラストなど「今までの自分が手を出さなかった分野」に手を伸ばしてみた。

29歳:「定義」と「自己肯定」こそが生き方を決めると気づかされ、不安な日々が起きても、心が強くなったと感じる。でも子供の誘惑にはめっぽう弱くなる。

自分の生き方はすべて自分が握っている。わずかな瞬間にしか現れない「自分の真実」を表に引きずり出し、ピンチからチャンスを生み出す発想や視点をブログやメルマガ他で提供中。

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