人は脳と目があります。
で、同じものを見ているのに、考え方次第で観る対象が変わります。
例えば円柱があります。

 

円柱は上空から見ると円ですが
側面から見ると長方形です。
これはわかりやすい話ですが、昨日書いてみようと思いつきのまま
書いたのがありまして、それが見る世界です。

Aちゃんからすると、見ている世界は普通です。
しかしB君からすると地獄風景に見えて
Cさんからすると天国に見えるのです。

これらの違いはどこから来るのか。
観ているものは一緒なのに、なぜ脳がそう映るのか。
ちなみに私の場合、推測できるものとして今まで自分が何を学んだのか。

という勉強が原因の一つだと思っています。
例えば私が物理を勉強していたとします。

そしたら車を運転している時、前の車が自分の車を追い抜かす。
で、ここで物理を勉強していない人からすると

「あ、追い越した」だけです。

しかし物理を勉強すると人によっては
「相対速度はいくらなんだろう」と、物理の視野を参考に考える。
結果として、物理の視点から車の追い越しという行為を見ます。

 

ということで勉強したものがまず一つ。
次は精神です。これはどう感じたか。

車の追い越しに何も感じない人と「あの野郎」と感じる人。
これの違いはどこから生じるのでしょう。
結論は普段自分がどんな気持ちで生きているか。
そこにあると思っています。

そこを見て、何かを作っていこうと思っています。

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著者紹介

千賢 光太郎
千賢 光太郎

ティラノスクリプトや小説家になろう、ピクシブ他で物語を書きながら、
「私が気になった事件」の裏側を作家の視点で書いているおっさん。

雷が苦手で、光を見ると頭が固まる(元から固い)。
月初めは墓参りと神社参拝を行い、賽銭箱へ1万円を入れた際、とても気持ちがすっきりした。

0歳:釧路のある病院で生まれる。暇さえあれば母乳を吸って、ご飯を4膳食べても体重が落ちるほど、母のダイエットにものすごく貢献したらしい

3歳:行方不明になり、全裸で海を泳ごうとしたところ、いとこのお姉さんに発見され、この世へ留まる

8歳:自分のお金でおもちゃのカードを初めて買い、経済を知る。なぜか父親に怒られ、家出するがすぐに見つかる。

12歳:学校で給食委員長になる。委員長として初めて全校生徒の前にて演説する際、原稿用紙を忘れてアドリブで笑いを誘いながらも何とかやり過ごし、多くの生徒に名前と顔を覚えてもらう。また、運動会の騎馬戦では変なアドリブを行い、多くの笑いを誘った。

18歳:初めて好きな人ができたけれど、告白が恥ずかしくてついにできず、別れたことを今でも根に持っている(妻となる人にははっきり言えてよかった)

21歳:大学在学中、アルバイトを始める。人手不足かつとても忙しい日々を過ごしながら「どうせなら自分から楽しいことをしていきたいなあ⇒起業って選択肢があるのか」働き方の選択肢を見つける

27歳:自分で作った会社がうまくいかず、一度たたんで都落ち。実家でとことん自分を責める日が続く。「何をやっても駄目だな、お前は」など。自分を責めても自殺ができず、体中から毒素があふれ出て苦しい日々を送る。寝るのも怖かった日々。

28歳:「このままじゃいけない」決心を決め、小学校からの勉強をやり直す。高校の勉強で躓きながらも、学び直すうちに「自分は何もわかっていなかったんだなあ」大切な教えに気づかされる。
加えて、小説やイラストなど「今までの自分が手を出さなかった分野」に手を伸ばしてみた。

29歳:「定義」と「自己肯定」こそが生き方を決めると気づかされ、不安な日々が起きても、心が強くなったと感じる。でも子供の誘惑にはめっぽう弱くなる。

自分の生き方はすべて自分が握っている。わずかな瞬間にしか現れない「自分の真実」を表に引きずり出し、ピンチからチャンスを生み出す発想や視点をブログやメルマガ他で提供中。

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