沙良姉

おはよう、しゃしゃ。
小説家になろうにて作品を書いている。

小説を書いていると、初めに思い浮かべた脚本でなく、
「結末」や「展開」を変えたくなる時がある。

いわゆる「横道」に対し、進むべきかそれるべきか。
どうしたらいいのだろう?

 

横道は未知数だけど

本来考えている道筋から話がそれる。
結果として「どんなメッセージを伝えたいのか」
わけが分からなくなっていくよ。

私は「核・中心」となる結末だけは変えていない。
「大きな目標」だけはそのまま、それ以外は変える。

例えば数か月まで書いていたキラメキDaughtersは、
大きな結末「大和君が愛良ちゃんと付き合う」だけは変えていない。

他はほとんど変えているよ。
当初、大和君は「女の子扱いされる男の子」として、
周りからバカにされるシナリオだった

けれど、物語を書いていくうちに、
気が付いたら当初考えていたシナリオが消えた。
私にとって、それほど大きな目標でないからだ。

もし今、改めてキラメキDaughtersを書き直すとなったら、
大きな結末「大和君が愛良ちゃんと付き合う」
だけは変えないけれど、ほかはまた変えただろう。

 

ビジネスにも言えるもの

エイベックスで学んだ思いつきをお金に変える技術という本がある。

ある「楽しいこと」を思いついた
→それを通し、ニヤニヤしている人たちを思い浮かべる
→市場をあらゆる方法で調査する

詳細は本を読んでほしい。
作者の津森さんは思い付きをお金に換える際、

「核となるストーリーの変更だけは変えてはならない」

核となるストーリーはまさに「大きな目標」だ。

しゃしゃが物語を作ったとき、
「作品のテーマとして、これだけは絶対に書いておく」
思ったものはいじらずに、他は適切に処理する。

お話を変更しようかどうか悩んだら、意見を参考にしてね。

 

脱線~天邪鬼を受け入れられない~

米国の大統領選挙でトランプさんが勝利をおさめ、
ヒラリー側を支持していた人たちが大暴れしているね。

動き方が日本で反対運動を起こす連中に似ている。
お金の出どころは同じ場所だと考えているよ。

一部は「ヒラリー支持者以外は悪魔」と考えているのか、
暴力はもちろん、支持する子供を家から追い出す母親、
カリフォルニア州を独立せよ運動など……

リベラルと呼ばれている人たちの不寛容さに驚いているよ。
(突き詰めると保守と同じ行動をとっている)

なぜこの話をしたかというと、

「この展開以外は認めない」考えると視野が狭くなるからだ。

視野が狭まれば、強引に自分の言うことを聞かせようと、
暴力はもちろん(言葉で平和、愛と叫ぶ)、
人殺しも「正義だから許される」勘違いをおこしてしまう。

ネットの場合だと、作者への一方的な誹謗中傷かな。
自分の意見を無理にでも押し通すと、
「こいつは怖い」認定され、避けられるよ。

世の中は「別な」考えもある。
日本にいると、日本=世界であり、考えも一緒だ。
思い込んでしまいやすいけれど……

世の中にはもしかしたら、
「人殺しや暴力、強姦、詐欺……といった悪事行為こそ、
神が与えた救いの手段・天国へ行く手段であり、
人助け、世のため、慈愛、奉仕……といった善なる行為は、
地獄へ落ちる鬼畜行為」

人をより悪い方に向かわせようと考える場があってもおかしくはない。
「そんなものはあり得ない、漫画の世界だけでしょ」

漫画の世界で、そういった物語がある事実こそ、
「善悪の価値が逆さになった」世界があるといってもよい。

現実にはないかもしれない。
でも「私のいる場所・知っている情報」ではないだけで、
世の中は「まさか」が普通にある。

「まさか」の数だけ小説が生まれている。
小説の楽しさは「もしかしたら……」の世界を楽しむ行為だ。

日本人は昔から親しみのあるお話や史実がある。
中国や韓国のように「都合の悪い事実」に対し、
書き換える気配もほとんどない。

(現在習っている日本史も、もしかすると書き換えられているかも)

「まさか・別な」考えをどれだけ想定できるか。
そこに私やしゃしゃとしての価値があるよ。

 

おまけの更新や食事情報

カレーライス

今日の昼、北海道にあるカレーレストランのインディアン。
という場所で食事をとりました。

私は野菜カレーを頼みました。
カレーライスのトッピングとして野菜は欠かせません。

カレーライスのお店に行くと、カツカレーをたとえば頼みます。
けれどジャガイモやニンジンが「溶ける」からない。

そこでジャガイモやニンジンのある野菜カレーを頼みました。
トッピングでカツなどを載せる。
しゃしゃのおうちで食べるカレーライスは野菜を入れている?

アイスクリーム

食後のソフトクリーム。カレーライスを食べた後、
おやつを入れないと、満足しないのです。

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著者紹介

千賢 光太郎
千賢 光太郎

ティラノスクリプトや小説家になろう、ピクシブ他で物語を書きながら、
「私が気になった事件」の裏側を作家の視点で書いているおっさん。

雷が苦手で、光を見ると頭が固まる(元から固い)。
月初めは墓参りと神社参拝を行い、賽銭箱へ1万円を入れた際、とても気持ちがすっきりした。

0歳:釧路のある病院で生まれる。暇さえあれば母乳を吸って、ご飯を4膳食べても体重が落ちるほど、母のダイエットにものすごく貢献したらしい

3歳:行方不明になり、全裸で海を泳ごうとしたところ、いとこのお姉さんに発見され、この世へ留まる

8歳:自分のお金でおもちゃのカードを初めて買い、経済を知る。なぜか父親に怒られ、家出するがすぐに見つかる。

12歳:学校で給食委員長になる。委員長として初めて全校生徒の前にて演説する際、原稿用紙を忘れてアドリブで笑いを誘いながらも何とかやり過ごし、多くの生徒に名前と顔を覚えてもらう。また、運動会の騎馬戦では変なアドリブを行い、多くの笑いを誘った。

18歳:初めて好きな人ができたけれど、告白が恥ずかしくてついにできず、別れたことを今でも根に持っている(妻となる人にははっきり言えてよかった)

21歳:大学在学中、アルバイトを始める。人手不足かつとても忙しい日々を過ごしながら「どうせなら自分から楽しいことをしていきたいなあ⇒起業って選択肢があるのか」働き方の選択肢を見つける

27歳:自分で作った会社がうまくいかず、一度たたんで都落ち。実家でとことん自分を責める日が続く。「何をやっても駄目だな、お前は」など。自分を責めても自殺ができず、体中から毒素があふれ出て苦しい日々を送る。寝るのも怖かった日々。

28歳:「このままじゃいけない」決心を決め、小学校からの勉強をやり直す。高校の勉強で躓きながらも、学び直すうちに「自分は何もわかっていなかったんだなあ」大切な教えに気づかされる。
加えて、小説やイラストなど「今までの自分が手を出さなかった分野」に手を伸ばしてみた。

29歳:「定義」と「自己肯定」こそが生き方を決めると気づかされ、不安な日々が起きても、心が強くなったと感じる。でも子供の誘惑にはめっぽう弱くなる。

自分の生き方はすべて自分が握っている。わずかな瞬間にしか現れない「自分の真実」を表に引きずり出し、ピンチからチャンスを生み出す発想や視点をブログやメルマガ他で提供中。

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