創作ちゅうの絵

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おはよう、しゃしゃ。
ここ数日、私の心を観察して面白い現象が浮かび上がった。

「自分の作品を告知したくない」
「書いていてつまらなくなった」
「訪問者が減った。増えない」

この気持ちや現実はどこから生じるのだろう?
しゃしゃが創作をして同じように感じたら、
私が見直したポイントを参照し、練り直してみるといい。

 

原因は気づいている、しかし

減るアクセス

「今すぐ自分が書いた記事を読み直せ」

心の中で「何をすべきか」気づいていたんだけど、
適当な理由で私はそこから逃げた。
逃げるほど、私にとって「良くない」事実が現れる。

なお、逃げていると体も態度も面白い反応をする。
集中できない、便秘になりやすい。
うつに近い不安がたまり、体がかゆくなる。
身近な人や創作者を妬むようになる……

しゃしゃはどうだろう?
私と同じ状態になっているなら気づくべき。

「原因はとても身近なところにあって、
集中と覚悟を持って取り組んでいない自分」
がいると。
「どうして良い方に人生が転がらないのだろう?」

不満をくすぶっている時点で、
個別に与えられた「人生の課題」から逃げているのだ。

課題に向き合うと、
「自分のだらしなさ、情けなさ、無力」他を認めねばならぬ。

認めたくないからそこを無視して、ほかの作業をやる。
結果、ますます沈んだ未来しかやってこない……

体や心の不調は「課題に気づきながらも逃げている」自分に、
気づく良い兆候だと思っておこう。

神社で参拝したり、パワースポットで幸運をもらっても、
「己の中にある課題」を克服しない限り、良い流れは来ない。

私は昨日、自分の頬を叩いて見直してみた。
するといろいろな矛盾や伏線があるという事実に気づかされた。
(作品を書いていても、伏線をノートに書いても忘れてしまう)

すると心のもやもや他が少しだけ解消できた。
「これがお前の課題だよ」心は叫ぶ、そこに気づいて行動する。

「そんな声、聞こえないよ」思うなら、
「精神的な意味で、自分にとってこれは嫌」
感じるものに直接向き合い、行動してみよう。

時代の流れが読めない、相手が悪い……いろいろ原因が浮かぶけど、
根本はすべて「自分自身」を変えればよいのだ。

 

やりたいことの中に潜む辛さ

人生、やりたいことだけをやれば幸せだ。
思っていたらそうではない。
むしろやりたいことの中に、辛いものが隠れている。

やりたいことには妥協がなく、
「誰に言っても分からない悩み」が生じる。
自分であれこれ調べながら克服せねばならない。

自分だけに与えられる悩みこそ、その人が持つ価値だ。
他の人は「形」だとマネできるのだけど、
形の先にある「何か」は絶対にマネできない。

第六感って言葉があるでしょ。
論理で説明できないけれど「なんとなく」違いを感じる。

「なんとなく」こそ、自分だけに与えられた悩みに対し、
どう乗り越えてきたかが現れているんだ。

 

告知に嫌気をさしたとき

自分の作品を告知する、とても楽しい作業だった。
でもここ数日、つまらなくなった。マンネリか?
読者が「もういいよ」飽きているから?
思ったら原因が違った。

「自分が扱っている作品・商品のどこに惚れこんでいるのか?
惚れこむ部分があいまいで、脳が混乱している」

解決は簡単で、混乱を整えればよい。
整えたうえで「私にとってどの部分が」
最もほれ込む部分なのかを決める。

その後、様々な調査を通して、
「読者にとって相対的にどの部分が人気あるのか」など、
臨機応変かつ試行錯誤の一つとしてこなす。

告知も作品のつまらなさも結局、
「自分にとって見たくない嫌な部分」をきちんと見つめ、
受け入れていく行為と考えている。

今、やりたいことの中に自分という人生を広げる機会がある。
そこを踏まえ、一緒に頑張っていきましょう。

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著者紹介

千賢 光太郎
千賢 光太郎

ティラノスクリプトや小説家になろう、ピクシブ他で物語を書きながら、
「私が気になった事件」の裏側を作家の視点で書いているおっさん。

雷が苦手で、光を見ると頭が固まる(元から固い)。
月初めは墓参りと神社参拝を行い、賽銭箱へ1万円を入れた際、とても気持ちがすっきりした。

0歳:釧路のある病院で生まれる。暇さえあれば母乳を吸って、ご飯を4膳食べても体重が落ちるほど、母のダイエットにものすごく貢献したらしい

3歳:行方不明になり、全裸で海を泳ごうとしたところ、いとこのお姉さんに発見され、この世へ留まる

8歳:自分のお金でおもちゃのカードを初めて買い、経済を知る。なぜか父親に怒られ、家出するがすぐに見つかる。

12歳:学校で給食委員長になる。委員長として初めて全校生徒の前にて演説する際、原稿用紙を忘れてアドリブで笑いを誘いながらも何とかやり過ごし、多くの生徒に名前と顔を覚えてもらう。また、運動会の騎馬戦では変なアドリブを行い、多くの笑いを誘った。

18歳:初めて好きな人ができたけれど、告白が恥ずかしくてついにできず、別れたことを今でも根に持っている(妻となる人にははっきり言えてよかった)

21歳:大学在学中、アルバイトを始める。人手不足かつとても忙しい日々を過ごしながら「どうせなら自分から楽しいことをしていきたいなあ⇒起業って選択肢があるのか」働き方の選択肢を見つける

27歳:自分で作った会社がうまくいかず、一度たたんで都落ち。実家でとことん自分を責める日が続く。「何をやっても駄目だな、お前は」など。自分を責めても自殺ができず、体中から毒素があふれ出て苦しい日々を送る。寝るのも怖かった日々。

28歳:「このままじゃいけない」決心を決め、小学校からの勉強をやり直す。高校の勉強で躓きながらも、学び直すうちに「自分は何もわかっていなかったんだなあ」大切な教えに気づかされる。
加えて、小説やイラストなど「今までの自分が手を出さなかった分野」に手を伸ばしてみた。

29歳:「定義」と「自己肯定」こそが生き方を決めると気づかされ、不安な日々が起きても、心が強くなったと感じる。でも子供の誘惑にはめっぽう弱くなる。

自分の生き方はすべて自分が握っている。わずかな瞬間にしか現れない「自分の真実」を表に引きずり出し、ピンチからチャンスを生み出す発想や視点をブログやメルマガ他で提供中。

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