ヒロさんの面白さ

※ アニメ映画「キンプリ」はどこから面白さが出るのかしら

おはよう、しゃしゃ。
自分が作品を作る。見てもらった人から厳しい意見が出る。
その際「何もわからないくせに……」思ったことはないかな?

私は時折ある。「自分はここを頑張った、だから見てほしい」
しかし世の中は「お前の頑張りなど知らないよ」言う。

イギリス人の映画関係者が日本映画のつまらなさを述べたところ、
アニメやドラマで音楽制作を担当している、
福田裕彦氏のツイート
から批判ツイートを流し、炎上した。

しゃしゃも作品を作って人からけなされた際、怒りがたまる前に読んでほしい。

 

福田裕彦氏の反論が炎上

彼の発言において、どこが多くの人に怒りをもたらしたのか?
比喩(弁当とみそ汁)を以下の形に置き換えた。

今の日本映画がつまらないと述べる人間は、
予算のない現場で行われる演出などに対し、
「視聴者に楽しんでもらおう」必死に考え、
頑張るスタッフの誇りを知らない。

芸術品(映画や漫画など)を作る側になると、彼の意見は共感できる。
あの手この手で取材や会議を行い、少しでも面白い方向に演出する。
制作委員会や芸能事務所が横槍を入れる中、
舞台裏で行われているスタッフの苦労。

それを知らずして結果を見て「あ、これは最低だ」
自分たちがあれだけ頑張ったのに、
視聴者は褒めもしないし、けなされると怒りがわいてくる。

映画を「ブログ記事」他、身近なものに置き換えると、
しゃしゃが知らない人から「こいつのブログは面白くねえ」

言われたとき、「は、こっちは愛を込めて作ってんだ。
てめえに何がわかるんだよ、だったら二度と来るな」

ふっと思ったことはない?

 

英国人から見る日本映画のつまらなさ

英国の映画配給会社代表、アダム・トレル氏は言う。
「進撃の巨人はアメリカのテレビドラマ(映画として扱えない)。
多発している恋愛漫画原作の映画はため息が出る。

ギャラが低すぎ。少しは高くしたら?
後、映画評論家が『この映画はだめ』と言わない。
逆に『すごい』とか持ち上げてばかり。なんで」

一方で
「中島哲也監督の作品はリアルな描写が大好き。
海外では衝撃的な映像、物語に独創性を持つ映画が売れやすい」

ほめているよ。批判ばかり目を向けがちだけど、
ほめている部分も取り入れておこう。

参照:アダム・トレル氏の日本映画発言が反響を呼ぶ

 

休憩:まんちゃんの立場から

 

面白さはスタートが違う

映画に対する批評において、
つまらない・面白いの違いはどこから来るのだろう?

まず「命を懸けても創りたい」が第一にあるか?
依頼を受けたから作らねばならない」か、「自ら作りたくてたまらない」か?

現れる正体は「作り手が自ら楽しんでいるか」
「仕事として嫌々やらざるを得ないか」である。

目に見えない、触れられない部分から違いが生じている。
「創りたい」思う背景はどこにから生じるか?

「創りたい」心が働くと、「より面白くするには?」わくわく心が働く。

一方「仕事で創らざるを得ない」場合、
「ああ、やらなければならないなあ。
面白い工夫よりも先に完成しないと叱られる」

気持ちが作品に反映される。
だからこそ初めの気持ちが一番重要なのだ。

 

誰かのせいにしたらおしまい

どんな作品も(ブログ記事も作品の一つ)
相手のせいにしたら進歩は見られない。

かといって「自分」のせいにするのもだめだ。
自分を攻めすぎると、鬱になりやすい。

どうすればよいか?
自分を含めて誰のせいにもせず、数字を把握する。、
そのうえで「こうすれば面白くなりそうだ」

面白い方向を探し続けるほうに頭を使わねばならない。
しゃしゃも「(自分を含めた)誰かのせい」にしようと考える前に、
「こうしたら面白くならないかなあ」考えてみよう。

「これって馬鹿だけど、面白いよなあ」が一番、面白さをもたらすのだ。

 

子供が教える「面白い考え」

ニコニコ動画を見る私

うちの子がさっきイラストを描いたよ。
テーマは「私がニコニコ動画を見ている姿」だそうだ。

パソコンに「ニコニコ動画」を見ようとしている。
画面をひっくり返さないと出てこない。
子供は今まで「キャンパスをひっくり返す技術」を付けていなかった。

ひっくり返したからこそ、生まれた新しい発想を得て、使ってみた。
彼女は「こうしたほうが面白い」発想をもって絵を描いた。

「こうしたほうが面白い」を優先して書くから、
子供にとって「とても面白い絵」ができた。

 

言い訳はいい、だから

福田裕彦氏の発言と炎上を通し、
「言い訳をする暇があるなら、面白い方向・アイディアを考えろ」
創作者として私も勉強になったよ。

世の中思い通りにいかず、
「どうして君たちは私を理解してくれないのだ」
怒りがわいてくるかもしれない。

でもそっちに目を向けるのでなく、
「こうしたほうが面白いんじゃないかしら?」
ワクワクする方向に頭を使わなければいけないね。

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著者紹介

千賢 光太郎
千賢 光太郎

ティラノスクリプトや小説家になろう、ピクシブ他で物語を書きながら、
「私が気になった事件」の裏側を作家の視点で書いているおっさん。

雷が苦手で、光を見ると頭が固まる(元から固い)。
月初めは墓参りと神社参拝を行い、賽銭箱へ1万円を入れた際、とても気持ちがすっきりした。

0歳:釧路のある病院で生まれる。暇さえあれば母乳を吸って、ご飯を4膳食べても体重が落ちるほど、母のダイエットにものすごく貢献したらしい

3歳:行方不明になり、全裸で海を泳ごうとしたところ、いとこのお姉さんに発見され、この世へ留まる

8歳:自分のお金でおもちゃのカードを初めて買い、経済を知る。なぜか父親に怒られ、家出するがすぐに見つかる。

12歳:学校で給食委員長になる。委員長として初めて全校生徒の前にて演説する際、原稿用紙を忘れてアドリブで笑いを誘いながらも何とかやり過ごし、多くの生徒に名前と顔を覚えてもらう。また、運動会の騎馬戦では変なアドリブを行い、多くの笑いを誘った。

18歳:初めて好きな人ができたけれど、告白が恥ずかしくてついにできず、別れたことを今でも根に持っている(妻となる人にははっきり言えてよかった)

21歳:大学在学中、アルバイトを始める。人手不足かつとても忙しい日々を過ごしながら「どうせなら自分から楽しいことをしていきたいなあ⇒起業って選択肢があるのか」働き方の選択肢を見つける

27歳:自分で作った会社がうまくいかず、一度たたんで都落ち。実家でとことん自分を責める日が続く。「何をやっても駄目だな、お前は」など。自分を責めても自殺ができず、体中から毒素があふれ出て苦しい日々を送る。寝るのも怖かった日々。

28歳:「このままじゃいけない」決心を決め、小学校からの勉強をやり直す。高校の勉強で躓きながらも、学び直すうちに「自分は何もわかっていなかったんだなあ」大切な教えに気づかされる。
加えて、小説やイラストなど「今までの自分が手を出さなかった分野」に手を伸ばしてみた。

29歳:「定義」と「自己肯定」こそが生き方を決めると気づかされ、不安な日々が起きても、心が強くなったと感じる。でも子供の誘惑にはめっぽう弱くなる。

自分の生き方はすべて自分が握っている。わずかな瞬間にしか現れない「自分の真実」を表に引きずり出し、ピンチからチャンスを生み出す発想や視点をブログやメルマガ他で提供中。

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