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Eeny,meeny,miny,moe! | まる [pixiv] http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=59384357

Eeny,meeny,miny,moe! | まる [pixiv]

おはよう、しゃしゃ。
週刊文春にて、三代目JSB(エグザイル)が、
レコード大賞をとった裏で芸能プロダクションのバーニングが、
JSBが所属する「株式会社LDH」に対し、1億円を請求していたよ。

その後、LDHの社長であるHIROさんが、代表を辞任した。

私はエグザイルのファンでないから、
「ああ、そうなんだ」としか思わないけれど、
別な視点で見ると、日本が抱えている一つの時代が見える。

 

賞に権威が感じられない

文春のサイトで「決定的な証拠」として、
振込金額をトップ画像として載せている。
(消費税だけで800万円か、すごいね)

私は先ほども述べたけど、
「ああそう、別にしてもいいんじゃね」
あまり関心を抱いていない。

レコード大賞は音楽業界とメディアがお互いに盛り上げて、
CDなどをより多く買っていただくためのイベントだ。

メディアと芸能界と業界が騒いでいるところを、
一般視聴者(大衆)がこぞって見に来て話題にする。

今までなら大衆がこぞって見学しに来たのだけど、
今はSNSをはじめ、YOUTUBE生報道など、
あらゆるメディアが登場
してきた。

すると、業界が話題にさせようとしても、
周りは「別なもの」に関心を抱くため、
以前に比べて多くの人が巻き込まれなくなった。

大衆の一人である私が、
「ああそう、話題になるなら裏取引があってもいいんじゃないの」
感情を持たなくなったところに「一つの時代」が見えている。

引用:三代目JSB、1億円でレコード大賞買収の「決定的証拠」

 

すごいものは何だろう?

ノーベル賞のうち、科学関係はすごい。
それ以外は「ああ、そう、裏で何かあったのでしょ」
冷めた感情でとらえているよ。

科学関係はすごいと思うのに、
それ以外は大したことがない理由は、
「未来への手がかり」を教えてくれるからだ。

科学賞は「地球の未来」につながる要素だけど、
それ以外は「商業界が儲かる」分野でしかない。

レコード大賞、最近だと芥川賞や声優アワード他は、
「人類がなしえなかった分野への到達」より、
「業界促進と活発のために仕組んだもの」とみられる。

賞を与えると、頑張る人が現れる。頑張る人たちが競争して互いに励み、
過去の人類がなしえなかった地点を超える姿に心を打たれる。
業界全体が活性化に向かいやすい。それで助かる人・会社もある。

優勝者にはお金が入るし、
人々から「すごいことをやったね」褒められる
賞を宣言すると、興味本位で作品を手にしてもらえる。

口では「価値がなくなったなあ」思っても、
興味を向く人がいる限り「無駄な行為」ではないよね。

業界における受賞が「内輪」での出来事と気づいたとき、
競争して新しい価値・未来を創る行為が馬鹿らしくなる。
結果、その分野への未来と発展を閉ざして衰退へと向かう。

JSBがレコード大賞を受賞しようがしまいが、
大衆に与える影響はあまり大きくないと考えているところに、
今の時代が何を示すか見えているよ。

別に賞を受け取らなくても、すごい奴はすごい。
私たちの観る目が上がっていることも示しているよ。

 

脱線、妻が述べた小説業界への不満

朝起きて、仕事の準備をしている時に、
妻とこんな話をしていた。

私「母さん(妻)にとって面白い小説ってどんな作品?」
妻「読むと考えさせられるものかな」

私「ライトノベルはどう?」
妻「読んでも心に響かないのばかりで、読む気がしない。

夏目漱石や平岩弓枝、宇江佐真理とかは、
読むと『ありありと』情景が浮かぶし、
読んだ後は『はあ、うーん、うーむ……』
人生について、色々と考えさせられる」

私「へえ、考えるねえ……」
妻「最近、芥川賞をとった●●の小説は読んでもね、
なーんも頭の中から情景も浮かばないし、
読んだ後も『ああ、そうですか、ご勝手にどうぞ』
冷めた気持ちになる」

私「なるほどなあ……」
妻「だからあなたの描いている作品も、私にとっては薄い。
もっと考えさせるものを書きな」

(以下、ダメだし)

私「……母さんにとって、どうして芥川賞が薄いと感じるの?」
妻「薄くはないと思うのだけど、商売目線が強い
文学としての本質・理念よりも、
いかにして話題にし、売るかに重点を置いている
だから読んでいても、薄さが目立つと思う」

※ 妻の考えは一人としての感想です。
「人間全体の」感想ではないところに注意してください。

私にとって耳の痛い話だったよ。

 

権威がなくなった後に来るもの

今後、ますます賞に対して、権威性がなくなっていく。
完全になくなるわけではないけれど、
何かを受賞しても、冷めた目で見る人は多くなる。

「読者の興味」が時代の流れとして変わっている。
今から未来において、どうすればよいのだろう?

今の時代も受賞したものと変わらない事実として、
「話題」になってしまえば、振り向いてもらいやすくなる。

ひとつの事例として、余命三年時事日記。

過去記事:余命三年時事日記を扱わない書店たち

ジュンク堂は取り扱わないと宣言した。
他にも書店にすぐ出ておらず、アマゾンでの販売でしか扱ってない。
なので、アマゾンですぐにベストセラーとなった。

今は書店できちんと手に入るよ。
販売した当初はアマゾン以外で入らなかったからね。

余命三年時事日記を出した当初、多くのメディアが扱わなかった。
でも扱う前から「存在」を知っている人はいた。

ブログがいきなり消去されて、ワードプレスに移行した際、
「言論弾圧」といった単語が並んだものだ。

本:余命三年時事日記

「話題になるネタ」があり、
「普段から、誰にどんな情報を伝えるか」をはっきり伝える。

権威に価値がなくなりつつあると判断した場合、
次はどんなものが人々の関心を集めるのか?

そこを考えると、何かが見えてこないかい?

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