コストは622万円

おはよう、しゃしゃ。
韓国の平昌オリンピックで公式PR動画が流れていた。
韓国ネットユーザーを中心に「批判殺到」していると。

参照元を見ると「しょぼい」からだけど、
私が見たら、しょぼいレベルじゃないんだよ。
だからこそ「褒める箇所」を反対に挙げていく。

 

歌手と雰囲気はいい

動画を見たかい?
女性の歌声はリズムがあって聞き取りやすかった。
優しい雰囲気が漂ってよかったよ。

ただ「女性歌手の告知動画(ミュージックビデオ)」であり、
オリンピックPRではないと、動画を見た後に思った。

強く感じた理由として、「女性歌手」をメインに映しているから。

「主題」はオリンピックのPRなのに、
「女性歌手」ばかり流れていると、勘違いする。

相手が何をしゃべっているかわからないため、
「あ、この女性歌手が五輪を利用したPVを作ったんだ」
映像だけを見ると、勘違いする人も多いと考えるよ。

記事元:平昌オリンピックの公式PR動画がしょぼい

ネットの反応:地方のローカルCMか

ネットの反応2:かつてデザイナー佐野を起用した日本もやばい

 

客観的に意見を言う人がいないの?

5輪PV

組織内で動画鑑賞会を開いたとき、
「女性を出しすぎ」意見はなかったのだろうか?

あるいは「韓国観光PR」と勘違いしていたのか?

文章だと「主題から外れる」行為だ。
私もやってしまう間違いの一つとして、
主題があるにもかかわらず、ずれた論点を書いてしまう。

どうして間違えてしまうのか?
本筋(メインテーマ)を整理できていないからだ。

動画はテーマに対して、
バラバラなアイディアを整理せずにくっつけた印象を持っている。

アイディアをためたら、テーマに関係するものか?
しないものだったらそぎ落とさねばならぬ。
歌手を削り、五輪種目をもっと出していくべき。

五輪組織内に「アイディアを整理する人」がいたら、
もっと質の良いPR動画に代わっていただろう。

テーマがわかれば「ストーリー(論理)」も分かる。
要は「どういう流れで五輪を見てね!」となるか?

PR動画を見ていると、車で平昌に来たカップルが、
五輪ごっこをやっている人たちを見学しながら、
女性の歌を広めているようにしか見えない。

組織委員会は「物語」も検討していないのかな。
同じ創作者である私として身震いしたよ。

「ああ、自分もこういうところがあるな」って意味で。

※ 今、しゃしゃが呼んでいる記事に対し「関係ない」事柄を出した一つの例
IOCが本気でそうするとは思わないけれど、万が一があるからねえ……

後もう一つ感じたことが、意識のなさ
「この動画で韓国人はもちろん外国人(特に日本人)を、
『なんだと、悔しい!』気分にさせてやる」

作成者たちのやる気が見られないんだよね。
日韓合意を反故にして、たかる気はあるのに、
創作で世界を少しでもあっと言わせる気持ちがない。

そこに「職人魂のなさ」が見られるんだよね。

 

食品を粗末に扱うシーンに不快感

そばまわし

韓国なりに頑張っているのは理解できる。
ただ、日本人の「美意識」から見て「汚い」思ったシーンがあった。

例えばどんぶりを持った男性がそばをぐるぐる回すところ。
あれは何を意図しているのか、よくわからなかった。
(もしかして回る→フィギュアスケーターの回転?)

そばをぐるぐる回す行為を見ると、
子供が食物を使って遊んでいる動きと同じ。
品性がないなと感じたよ。

あのシーンを「外国人」の一つである日本人が見ると、
「食べ物を粗末に扱うなんて、罰が当たるぞ」

スキー

食べ物関係だと、スキージャンプにおいて選手役の男性に対し、
軽トラックから粉チーズらしきものを振りかけるシーン。
「近代設備が整っていない国」として見られる。

五輪PRというよりは「韓国の現代社会」を示すPV動画としてみれば、
かなり勉強になるんじゃないだろうか?

 

冬季なのに夏か?

夏のオリンピック

冬季なのに雪が一つも見られないところに違和感を抱いた。
ガソリン給与のために、カーリングを使うところ。
この発想は面白かった。

けれど「服装」がTシャツなところに残念さを感じる。
夏季じゃなくて冬季五輪なのに、
雪や寒さを感じさせる演出がほとんど見られない。

監督は「上からの命令で仕方なく」作ったなと思ってしまった。
「自分かなんとしてでも作りたい」意思が働く場合、
シン・ゴジラを作った庵野秀明監督のごとく、
手を抜かないと確信を抱くんだよね。

手を抜く行為は作品や視聴者だけでなく、
自分自身が成長しないので、時間の無駄でしかない。

たぶん、私が言っていることを向こうの人が見ても、
「お前は何を言っているんだ。何を真剣に語っている。
適当に作っとけばいいんだよ」
考えるだろう。

 

動画PRより私たちが学ぶ課題

・テーマを間違えて解釈

・物語(論理)を考えていない

・創作者魂を感じず適当さがみられる

創作者として、大変勉強になる事例だわ。

PR動画を通し、女性歌手の声はよかった。
歌手のPV動画としてなら、のどかでいいなあと思う。

ただ女性歌手を強調させたばかりに、
本来の趣旨とは違った印象を私たちが受け取る。

映像一つにも「論理(物語)」が働くと考えさせられ、
「テーマ」の大切さを教えてくれる内容だった。

PRや広告を作る人は事例として動画を見ておこう。
何をすべきで何をしたらいけないのかがわかるよ。

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著者紹介

千賢 光太郎
千賢 光太郎

ティラノスクリプトや小説家になろう、ピクシブ他で物語を書きながら、
「私が気になった事件」の裏側を作家の視点で書いているおっさん。

雷が苦手で、光を見ると頭が固まる(元から固い)。
月初めは墓参りと神社参拝を行い、賽銭箱へ1万円を入れた際、とても気持ちがすっきりした。

0歳:釧路のある病院で生まれる。暇さえあれば母乳を吸って、ご飯を4膳食べても体重が落ちるほど、母のダイエットにものすごく貢献したらしい

3歳:行方不明になり、全裸で海を泳ごうとしたところ、いとこのお姉さんに発見され、この世へ留まる

8歳:自分のお金でおもちゃのカードを初めて買い、経済を知る。なぜか父親に怒られ、家出するがすぐに見つかる。

12歳:学校で給食委員長になる。委員長として初めて全校生徒の前にて演説する際、原稿用紙を忘れてアドリブで笑いを誘いながらも何とかやり過ごし、多くの生徒に名前と顔を覚えてもらう。また、運動会の騎馬戦では変なアドリブを行い、多くの笑いを誘った。

18歳:初めて好きな人ができたけれど、告白が恥ずかしくてついにできず、別れたことを今でも根に持っている(妻となる人にははっきり言えてよかった)

21歳:大学在学中、アルバイトを始める。人手不足かつとても忙しい日々を過ごしながら「どうせなら自分から楽しいことをしていきたいなあ⇒起業って選択肢があるのか」働き方の選択肢を見つける

27歳:自分で作った会社がうまくいかず、一度たたんで都落ち。実家でとことん自分を責める日が続く。「何をやっても駄目だな、お前は」など。自分を責めても自殺ができず、体中から毒素があふれ出て苦しい日々を送る。寝るのも怖かった日々。

28歳:「このままじゃいけない」決心を決め、小学校からの勉強をやり直す。高校の勉強で躓きながらも、学び直すうちに「自分は何もわかっていなかったんだなあ」大切な教えに気づかされる。
加えて、小説やイラストなど「今までの自分が手を出さなかった分野」に手を伸ばしてみた。

29歳:「定義」と「自己肯定」こそが生き方を決めると気づかされ、不安な日々が起きても、心が強くなったと感じる。でも子供の誘惑にはめっぽう弱くなる。

自分の生き方はすべて自分が握っている。わずかな瞬間にしか現れない「自分の真実」を表に引きずり出し、ピンチからチャンスを生み出す発想や視点をブログやメルマガ他で提供中。

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