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おはよう、しゃしゃ。
毎日新聞の調査によると「デートDV」なるものが増えている。
男子の3割が女子から暴言を受けているのだとか。

DVから逃れる・向き合うための考えについて書いていくよ。
一つだけ言っておく。最悪は想定しておいてね。

 

自分の心が負ける

デートDVの被害を受けている人はまず、自分自身に負けている。
相手の怖さに負けているのでなく、自分の弱さに負けている。

人間は二つの道が常に用意されている。
一つは「堕落」につながる「依存」心である。
もう一つは「成長」につながる「独立」心である。

独立心はとても辛いしきつい。いばらの道を素足で踏むようなもの。
痛いし自分にとって聞きたくない意見も多々入ってくる。
知らない奴から陰口をたたかれることもある。

双方付き合っているときに相手から暴言などを言われる。
このとき「相手に委ねよう」という選択肢と、
「自分が主導権を握る」という選択肢に分かれる。

相手に委ねると喧嘩は起きなくなるが、
確実に相手は調子に乗って、どんどん高圧的な態度をとる。
現在の日韓・日中関係みたいなものだ。
一言でいえば「恋人」から「主従・奴隷」関係になる。

一方で「自分が主導権を握る」と高確率で喧嘩が発生する。
喧嘩が発生した際、相手から暴力を振るわれて、
自分の命が危なくなったら「別れるぞ」牙をむく必要がある。

相手が暴力に訴えてきたとき、相手は弱みをさらしている。
暴力でしか相手を押さえつけられない。
言葉で相手を抑えられないくらい、弱体化しているのだ。

 

自分の中に存在する誘惑

相手の弱さを通し、心に誘惑が出てくる。
「まあ、このくらいのだらしなさを許すか」
「暴力をふるってもいいところもあるしなあ」

人間、いいところもあれば悪いところもある。
でも「自分の未来」を想定した場合、結論は決まっている。

一つでも自分にとって不利なことを許してしまうと、
相手は高確率で高圧的な態度をとり、ますます追いつめていく。
その背後にあるのは自分自身が「相手」から切られたらどうしよう。

相手から捨てられることの恐怖であり、依存でもある。
本当に捨てねばならぬことは自分の中にある「依存心」であり、
相手の暴言や暴力は「自分の依存」を形にした手段に過ぎない。

「依存」を通してみれば国際関係もデートも全く同じものだ。

 

自分が独立をする

「別れる」ことも視野に入れておこう。
自分が相手から暴言を受けたとき、成長すれば受け流しもできる。

毎日新聞によれば、相手から暴言を受けても
「好きだから別れられない」と述べている男子がいる。
また「たたかれて嫌だが男として我慢せざるを得ない」

罵倒されて好きといえる人間は自分がとても弱いことの表れだ。
もう一つ、自分の思い込みが相手を助長させているのだ。

「男は耐えるべき」という言葉、時と場合によっては大切だ。
しかし不利なことをされても耐えるというのは、
自分の生き方を相手に委ねていることに他ならない。

しゃしゃは相手のために生きているのだろうか?
自分自身が痛みを通してでも前に向かって、真理を得るために生きるのだ。
「耐える」場所を間違えているのだ。

なぜ間違えるか。思い込みが原因である。
対策として「自分の生き方」を見直さなければならぬ。
相手を変える方法もあるよ。でも根本は自分だ。

引用記事:デートDV、男子3割「彼女から暴力」

 

自分を変えるには?

相手よりも自分の考えを変えたほうが簡単だし早い
自分を変えるには自分の考えや思想をいったん捨てる必要がある。
時間も大いにかかる。

しかし時間をかければ確実に自分の考えが変えられる。
まずは人生において自分の思想哲学を構築する。
ここがぐらつくと、高確率で相手の言いなり人生になってしまう。

私も自分の思想哲学は20代のころに作ったつもりだったが、
いろんな体験を通して、土台が甘いから付け込まれたと気づいた。
そこで土台を固めるために自分を知る日々が始まった。

土台を作るということはあらゆる出来事を通し、
自分を深堀する機会に他ならない。

あらゆる出来事、たとえばしゃしゃが今この記事を読んでいる。
その時しゃしゃは「どんな気持ち」を抱いただろうか?

抱いた気持ちこそ、しゃしゃが知るべき自分である。
自分自身が気づかぬ一面に出会えたということだ。
出会えたら無視するのでなく、きちんとノートなどに気持ちを書く

書くことで客観視する。
そのうえで自分はどういう考えを持っていきたいかを考察する。

毎日この繰り返しだ。
しゃしゃが出会う女性・男性も自分を知る一つの機会に過ぎない。
暴言を言われるということは自分の弱さを指摘されている。

 

ブス・禿・デブといわれた

付き合っている男子から「お前ブスだな」言われる。
ブスと考えているのは男子の思い込みであると同時に、
自分自身も「ブス」という部分が不安になっており、表面化したのだ。

自分の潜在意識は他人の口や行動を通し、しばしば表に出てくる。
相手の問題でもあるが、同時に自分自身の問題でもある。

「ブス」という現実に向き合うことが問題か?
そうじゃない、自分の中でブスと思い込んでいる部分こそ問題だ。
人は自分を磨かない限り、ブスや不細工はいない。

堕落すると見た目美人や美男子に見えても、ブス・不細工なんだよ。
堕落は別の言葉でいいかえると「依存」にあたる。
相手に何でもかんでも委ね、自分で考えて行動することを放棄する。

委ねるということは「その部分が私の弱点です」発言することだ。
弱みは相手にとって「あなたを縛るポイント」にすぎぬ。
だから罵倒されても別れることができない。
自分の中にある弱みを相手に握られていることに気づかないから。

 

他人の指摘で分かることも

自分の中にある弱みは自分で気づく場合、時間がかかる。
何しろ常に自分を客観視しなければならないからだ。
客観視すると、自分にとって都合の悪い現実を知るため、
自分を見ない方向に向かいやすい。

その時他人の指摘が大いに役立つ。
占い師やコンサルタントがいるのもそのためだ。
彼らは人を見ることで、その人が問題としている気持ちを表面化する。

よく当たる占い師とかいるじゃない。
あれだって観て話をするだけで、その人がどんな問題を抱えているか。
「なんとなく」伝わってくるんだよ。

占い師らは敏感な生き物なんだ。自分も含めて些細な事に敏感である。
おそらく占い師じゃなくても、コンサルタントがやっても同じ結果になる。

私もある程度なら作家という仕事を通し、
常にわずかな機微を読んでいるため、感じるものがあるんだ。

「ああ、この人はここが問題だな」
言うと結構当たっている。大切なのはここからだ。
占い師が言ったことに対して自分はどう行動をとるか?

多くの人は言われて「ああ、すっきりした」で終わってしまう。
一番だめな解決法だ。これは占い師への依存に他ならない。
占い師らはあくまでも「アドバイス」であり、解決は己自身の痛みを伴った行動にあるんだ。

 

結びに:DVは自分の中にある

被害者ほど自分を真摯に見ていかないと、やがて加害者になってしまう。
だからこそ被害を受けたときほど冷静に自分を見つめる。
原因は自分の中に必ず存在する。そいつを見出し追い出していこう。

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著者紹介

千賢 光太郎
千賢 光太郎

ティラノスクリプトや小説家になろう、ピクシブ他で物語を書きながら、
「私が気になった事件」の裏側を作家の視点で書いているおっさん。

雷が苦手で、光を見ると頭が固まる(元から固い)。
月初めは墓参りと神社参拝を行い、賽銭箱へ1万円を入れた際、とても気持ちがすっきりした。

0歳:釧路のある病院で生まれる。暇さえあれば母乳を吸って、ご飯を4膳食べても体重が落ちるほど、母のダイエットにものすごく貢献したらしい

3歳:行方不明になり、全裸で海を泳ごうとしたところ、いとこのお姉さんに発見され、この世へ留まる

8歳:自分のお金でおもちゃのカードを初めて買い、経済を知る。なぜか父親に怒られ、家出するがすぐに見つかる。

12歳:学校で給食委員長になる。委員長として初めて全校生徒の前にて演説する際、原稿用紙を忘れてアドリブで笑いを誘いながらも何とかやり過ごし、多くの生徒に名前と顔を覚えてもらう。また、運動会の騎馬戦では変なアドリブを行い、多くの笑いを誘った。

18歳:初めて好きな人ができたけれど、告白が恥ずかしくてついにできず、別れたことを今でも根に持っている(妻となる人にははっきり言えてよかった)

21歳:大学在学中、アルバイトを始める。人手不足かつとても忙しい日々を過ごしながら「どうせなら自分から楽しいことをしていきたいなあ⇒起業って選択肢があるのか」働き方の選択肢を見つける

27歳:自分で作った会社がうまくいかず、一度たたんで都落ち。実家でとことん自分を責める日が続く。「何をやっても駄目だな、お前は」など。自分を責めても自殺ができず、体中から毒素があふれ出て苦しい日々を送る。寝るのも怖かった日々。

28歳:「このままじゃいけない」決心を決め、小学校からの勉強をやり直す。高校の勉強で躓きながらも、学び直すうちに「自分は何もわかっていなかったんだなあ」大切な教えに気づかされる。
加えて、小説やイラストなど「今までの自分が手を出さなかった分野」に手を伸ばしてみた。

29歳:「定義」と「自己肯定」こそが生き方を決めると気づかされ、不安な日々が起きても、心が強くなったと感じる。でも子供の誘惑にはめっぽう弱くなる。

自分の生き方はすべて自分が握っている。わずかな瞬間にしか現れない「自分の真実」を表に引きずり出し、ピンチからチャンスを生み出す発想や視点をブログやメルマガ他で提供中。

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