おはよう、しゃしゃ(あなた)
しゃしゃはフェイスブックをやっている?
私はやっていないけれど、分身が時々使っているんだ。

分身? ああ、気にしなくていいよ。

ところで「フェイスブックに疲れた」
という調査報告がデンマークにあったんだって。

 

デンマークの幸福調査

デンマークのシンクタンク「幸福度研究所」が発表したこととして、
フェイスブックの利用をやめた人は幸福度が高まった。
という調査報告が出たんだって。

ユーザーは他人の素晴らしい経験の投稿をうらやむ傾向にあると。
確かにそうだねえ……後で述べるけれど、幸せそうなことばかり書いているもんね。
自分の幸せ自慢が受けているというか。

参照サイトで、フェイスブックは「幸せ」を装わないと辛いらしい。
私が読んでいて面白いと感じるのはやっぱり、
時事ネタに突っ込みを入れている人かなあ。

後は自慢日記が多い。書いたら「いいね」を押してくれる人がいるからね。
ただ、押す人はたいてい義務でやっている。
以下に述べる気持ちでやっているから、疲れが出ると考えているんだ。

参照:FBをやめると幸せになれる?

 

日本にある「返報性」文化

基本、「いいね」を押してもらうと喜ぶ。
だから相手のフェイスブック記事に「いいね」を押す。
しかし、押してくれた人が自分が書いた記事に対し、
何も「いいね」を押さなければ思ってしまう。

ああ、なんで押してくれないんだろう?
一つの疑問が精神的な疲れを生むんだ。

どう? フェイスブックをやってそんな気持ちを感じたことない?
分身は時々あるそうだ。

後、フェイスブックで「いいね」を押してもらったほうは、
同じように「いいね」を押し返さなければ、
相手に「嫌われる」「いいねを押されなくなる」
不安を抱えて疲れる人もいるそうだ。

まあ、フェイスブックだろうが結局問われることは、
人間関係、周りの空気をぶち壊さないことだからね。

日本人には「返報性」と「和」がある。
和は良い雰囲気を壊さない、日本人が持つ昔からの空気ですね。
日本は和歌などを通し、言葉から発する気持ちを察してくれよ。

察する気持ちがポイントだからね。

次に返報性。こちらは「相手がやったことを必ずお返しする」
日本人が持つ「恩返し」の気持ちだ。
童話や昔ばなしでも恩返しを題材にしたものがある。
例:傘地蔵、鶴の恩返しなど

人間、ありがたいことをされたら同じようにありがたいことをしたい。
それをしないやつは冷たいやつとみなされやすい。

実際、されないと「あいつはなんて野郎だ」と思うこともしばしばある。
ただ、行き過ぎると「もういいよ」という気持ちにすらなる。さじ加減が難しいよね。

 

考えてみたらツイッターも

ツイッターに「いいね」機能がついているせいか、
いつの間にかフェイスブックのようなことをしている自分。
意見を返さない場合、たいていいいねを押して終わります。

いいねがあって本当にいいね。

 

西欧は「個」の文化

一方で西欧は和よりも個の文化だ。
個性を尊重するため、別に返報しなくてもよい。
自分の気持ちをまずは優先し、何が何でも相手にありがとうを言わなくちゃ。
別に相手から憎まれても、自分を優先するから憎まれても構わん。

欧米を見ているとそんなところがあるね。
もちろん、個は日本のように空気を察知しないからこそ、
相手を説得させる技術、論理が中心となる。

論理は日本人にとって弱みの一つだから鍛えなければ……
と思うかもしれない。確かにそうだ。鍛えたほうが良い。
鍛えるならこちらの記事を参照してください。

過去記事:社会に出て、ものすごく役立つ現代文の勉強法

でも感性を鍛えることだって大切だ。
感性を日々研ぎ澄ましているからこそ、日本人は見えないものから発想を得る。
すなわち、想像力がつくんだから。

過去記事:
和歌から暗号のヒントをつかむ
脳の右側で描けに泣いた

 

無理しないように

いいね

日本人はどうしても相手に対する和を重視し、人間関係に敏感になっている。
だから少しばかり鈍感になってもよい。

こっちが「いいね」を押して相手が押さなくても、「まあいっか」で済ませてよいと思うよ。

「こうしなければ……」「ああしなければ……」
と思う気持ちが焦りを生んでストレスをためる
のだから。

また、集団でいいねされている人を見ると、
毎日フェイスブックに投稿して、FB中毒に陥っている人が多い。

四六時中フェイスブックの「いいね」やメッセージに対し、
スマホをじっと見つめている人。
バッテリーが足りなくなり、充電器具を購入した人。

悪い事じゃないんだけど、私にはできないなあ。

 

セミナーを売り込むために「いいね」

フェイスブックには「仕組まれた」いいねも多い。
ある商品やサービスを売りたい。たいていはセミナーだね。
だから集団で仕込みを行う。

ある女性が記事を書く。
すると、ぽっと出なのにものすごい数の「いいね」を押すんだ。
もちろん、その人はサービスを売る。

その人一人が行ったのでなく、裏には大手の会社がいる。
仲間と知られぬよう、シェアされる記事を書く。
たいてい良いことを書いているんだ。

こういう人はたいてい、相手のフェイスブックに「いいね」を押さない
自分のところに時折コメントは書くけれど、たいてい記事を書いて終わり。
でも「いいね」する人は多いんだ。

「なんでいいねを押してくれないんだ?」

思うかもしれないけれど、
その人はフェイスブックで一人でも多く見てもらうことが目的。

だから気にしなくていいんだよ。背後に会社がある。
会社として商品を売り込みたいがために、
仲間と悟られないようにフェイスブックで「いいね」や「シェア」をする。

そしてお客様を取り入れているのだから。

 

自分だけの時間を持っている?

娘の絵

フェイスブックをやたら開いている人、
自分で主体的に動く時間を持っています?

例えば勉強して自分の仕事に役立てる。運動して自分の体を管理する。
フェイスブックなどをやめると時間ができます。

開いた時間を自分の勉強のために使うと、結構増えるんだよねえ。
勝負はここにあるんじゃないかと思っているんだ。
はまるのもよい事なんだけど、はまりすぎて時間を取られないように。

 

マツコ・デラックスさんも苦言

マツコ・デラックス

彼女もフェイスブックユーザーに対して述べているね。

「(フェイスブックで行われる交流について)
フェイスブックにつぎ込む神経が分かんないんだよね。
何でそんなストレスを自分から抱え込むんだろう?

私(マツコさん)は極力対人関係を作りたくないのよ。
数が多ければ多いほど、そこにストレスは発生するわけじゃない?
だから最低限の人数で私は生きていたい。友人も仕事仲間も含めて」

人それぞれだから意見は自由。
私も友人と呼べる人は一人か二人程度で、後は思いつかないな。
仕事仲間は数人いるけれど、それで世の中成り立っているし。

他はどこかの共同体やラジオで同じ意識を持つ集まりに参加している。
そこでやり取りしている程度かなあ。

参照:マツコ・デラックスのFacebookユーザーへの指摘が正論

 

結びに:いいねを入れない私

私のところにもフェイスブックのアイコンはある。
「いいね」でなく「シェア」しか入れていない。
いいねとシェアの違いは何だろう?

いいね:自分が良いと感じたもの。ただそれだけ
シェア:人に伝えたいという気持ちが働く

だからシェアしか載せていない。
私の記事で何か学び、ほかの人にも教えたほうが良い。
と感じたらぜひシェアボタンを押して、伝えてほしいな♪

追記:文体を変えてみた

ということで、「しゃしゃへ」という形で記事を書いてみました。
いつもは思ったことをだだだっと述べるだけなのですが、
しゃしゃ(あなた)と意識して書くことで、何かが変わったような気がします。

「人」を具体的に意識して書いているためか、ものすごく書きやすかった。

 

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著者紹介

千賢 光太郎
千賢 光太郎

ティラノスクリプトや小説家になろう、ピクシブ他で物語を書きながら、
「私が気になった事件」の裏側を作家の視点で書いているおっさん。

雷が苦手で、光を見ると頭が固まる(元から固い)。
月初めは墓参りと神社参拝を行い、賽銭箱へ1万円を入れた際、とても気持ちがすっきりした。

0歳:釧路のある病院で生まれる。暇さえあれば母乳を吸って、ご飯を4膳食べても体重が落ちるほど、母のダイエットにものすごく貢献したらしい

3歳:行方不明になり、全裸で海を泳ごうとしたところ、いとこのお姉さんに発見され、この世へ留まる

8歳:自分のお金でおもちゃのカードを初めて買い、経済を知る。なぜか父親に怒られ、家出するがすぐに見つかる。

12歳:学校で給食委員長になる。委員長として初めて全校生徒の前にて演説する際、原稿用紙を忘れてアドリブで笑いを誘いながらも何とかやり過ごし、多くの生徒に名前と顔を覚えてもらう。また、運動会の騎馬戦では変なアドリブを行い、多くの笑いを誘った。

18歳:初めて好きな人ができたけれど、告白が恥ずかしくてついにできず、別れたことを今でも根に持っている(妻となる人にははっきり言えてよかった)

21歳:大学在学中、アルバイトを始める。人手不足かつとても忙しい日々を過ごしながら「どうせなら自分から楽しいことをしていきたいなあ⇒起業って選択肢があるのか」働き方の選択肢を見つける

27歳:自分で作った会社がうまくいかず、一度たたんで都落ち。実家でとことん自分を責める日が続く。「何をやっても駄目だな、お前は」など。自分を責めても自殺ができず、体中から毒素があふれ出て苦しい日々を送る。寝るのも怖かった日々。

28歳:「このままじゃいけない」決心を決め、小学校からの勉強をやり直す。高校の勉強で躓きながらも、学び直すうちに「自分は何もわかっていなかったんだなあ」大切な教えに気づかされる。
加えて、小説やイラストなど「今までの自分が手を出さなかった分野」に手を伸ばしてみた。

29歳:「定義」と「自己肯定」こそが生き方を決めると気づかされ、不安な日々が起きても、心が強くなったと感じる。でも子供の誘惑にはめっぽう弱くなる。

自分の生き方はすべて自分が握っている。わずかな瞬間にしか現れない「自分の真実」を表に引きずり出し、ピンチからチャンスを生み出す発想や視点をブログやメルマガ他で提供中。

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