2015年8月14日に安倍首相を含む日本政府が談話を発表しました。
(安倍談話と呼ばれている)
談話発表前からダフ屋(メディア)があーだこーだ騒いでいましたね。
談話を終えた後に浮かんだことがあります。
「談話を使って現代文読解をしてみよう」
安倍談話をかみ砕く前に
まずは安倍談話を読む前に見るか、文章を読むこと。
※ 全体の概要を知るならこちらを先に読んでください。
後、今回の文章は1万字ほどあるので、PDFにしてあげます。
スマホで読む方はぜひPDFをダウンロードしてください。
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現代文風「安倍談話」解説
未来への知恵を学ぶ
終戦七十年を迎えるにあたり、先の大戦への道のり、戦後の歩み、二十世紀という時代を、私たちは、心静かに振り返り、その歴史の教訓の中から、未来への知恵を学ばなければならないと考えます。
※ 解説
>私たちは、心静かに振り返り、その歴史の教訓の中から、
未来への知恵を学ばなければならないと考えます。
→筆者(日本政府ですが、筆者と置きます)の主張です。
「考えます」という表現がきたら、筆者の主張になります。
以下「未来の責任を学ばなければならない」理由が来ると予測します。
なお、主語「私たち」について考察してみましょう。
主語は「私(総理)」だけでなく、私を含む国民です。
ここで疑問が浮かびます。
「私たち」は日本国民のみを指しているのでしょうか?
地球に生きる全世界の人々を指しているのでしょうか?
「日本国民」と「地球に生きるすべての人々」だと、解釈が変わります。
地球に生きる人々だと、この後の論理展開がおかしくなります。
何しろ「お詫び」や「哀悼の誠」があるからです。
これらは捧げる相手がいないとできません。
だから「私たち」は「日本国民」と判断します。
※ 語句説明
先の大戦:第二次世界大戦(1939~1945)
大東亜戦争は1937年に始まり、欧米の植民地政策を潰すことが目的。
第二次大戦は1939年、ドイツのポーランド侵攻により端を発する。
太平洋戦争は1941年、真珠湾攻撃により始まります。
原因は油の確保(米国などの戦略で日本は輸送手段をすべて失う)
二十世紀:西暦1901年~2000年の100年間
簡単に振り返る近現代史
百年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、十九世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。
世界を巻き込んだ第一次世界大戦を経て、民族自決の動きが広がり、それまでの植民地化にブレーキがかかりました。この戦争は、一千万人もの戦死者を出す、悲惨な戦争でありました。人々は「平和」を強く願い、国際連盟を創設し、不戦条約を生み出しました。戦争自体を違法化する、新たな国際社会の潮流が生まれました。
※ 解説
当時の歴史について語っています。
ここで、なぜ当時の歴史を持ってきたのでしょう?
疑問を頭に入れておいてくださいね。
※ 語句説明
19世紀:1801年から1900年のことです。
当時の日本は江戸時代の終焉(1867)から明治時代設立、
1894年に日清戦争、1904年に日露戦争が起きました。
>西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地
当時、東南アジアの植民地がわかる地図です。
第二次大戦後に列強国が植民地支配をやめた理由は、
植民地支配が困難になったからです。
第二次大戦後、列強国は再び支配しようとしていました。
当時、「白人に打ち勝つことは困難」という思い込みが、
長い植民地支配による洗脳によって、アジア諸国に蔓延しておりました。
しかし、日露戦争や第二次大戦において、
日本人が白人と戦ったことにより、
「あ、白人に打ち勝てないことはないんだ」
「白人に逆らってはいけない」洗脳から解き放たれたのです。
現代に例えるとDV(家庭内暴力)を行う旦那、暴力を振るわれる妻。
この関係が続くと妻は旦那に逆らえなくなります。
旦那に逆らうのが怖く、「逆らってはいけない」洗脳がかかるのです。
しかし第三者が旦那を殴り倒し、けなして旦那の弱さを見ることで、
妻の意識が変わるのです。
「あ、私も旦那に立ち向かってよいんだ」
※ 語句説明
民族自決:他民族による支配を許さぬ、自分の民族運命は自分たちで決める。
自殺という意味ではありません(私はこっちを連想してしまった)
国際連盟の設立:1920年(スイスのジュネーブにおかれた)
全会一致の原則(みんな賛成しないと法案成立せず)
設立当初は米国(外交孤立のモンロー主義を採択)とソ連は不参加。
集団安全保障(相互に戦争や武力を禁止し、事務的処理で解決する)
はテストに出ると思います。
日本敗戦
当初は、日本も足並みを揃えました。しかし、世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった。こうして、日本は、世界の大勢を見失っていきました。
満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。
そして七十年前。日本は、敗戦しました。
※ 解説
日本の歴史を振り返っています。
要点を述べていきますと、
「当初は日本も足並みを揃えたが、欧米諸国の経済ブロック化により孤立を深め、
世界の大勢を見失っていった。戦争の道に進んで、負けた」
※ 語句説明
経済のブロック化:世界恐慌における混乱のさなか、
お金や物資などを自国及び自国所有の植民地でのみ取引をすること。
結果、他国からの輸入品をブロックしたため、列強同士の対立が深まった。
世界恐慌:1929年に米国株式が大暴落。経済繁栄で生産過剰になっていたことや、
農業不況が続いて農民の購買力低下、株や土地の過剰投機が原因。
当時の日本は金本位制復帰政策(蔵省は井上準之助)を取っており、
金本位制に復帰することで、円為替相場の安定と通貨価値の回復を図ろうとした。
しかし1930年から31年まで世界恐慌の影響も受けて昭和恐慌が発生。
※コレキヨの恋文はあの当時の経済が学べる小説
高橋是清に蔵省を代えて、金輸出再停止を断行し、
通貨供給量を日銀が管理する管理通貨制度へと移行。
意図的な低為替とインフレ対策により、1933年ごろに列強よりも早く強行脱出。
ただ、軍事費を抑制して財政の健全化を図ったために、2・26事件で暗殺……。
軍部が発言権を強化し、統制経済へと入っていきます。
日本の国際連盟脱退は1933年。
中国側は満州事変を日本による侵略と述べ、国際連盟に提訴。
※ 画像はここから:満州と日本人
満州事変:1931年に関東軍が南満州鉄道の路線を爆破し、
中国軍への仕業として軍事行動を開始したことです。
事件に至るきっかけが複雑なので、
より詳しく知るならこちらを参照してください。
哀悼の誠を捧げます。
戦後七十年にあたり、国内外に斃れたすべての人々の命の前に、深く頭を垂れ、痛惜の念を表すとともに、永劫の、哀悼の誠を捧げます。
※ 解説
斃(たお)れた:事故などで急死する、殺される。
倒れるとの違いは「倒」が直立していたものがそうでなくなるのに対し、
「斃」は死ぬことを連想した意味で使うのです。
痛惜(つうせき)の念:亡くなったことが大変惜しい。
あまりにも惜しい気持ちが出て耐えられない状態に使う。
哀悼(あいとう)の誠:哀悼の意よりも深く切ない気持ちがある
哀悼とは人の死を悲しみ、悼む(悲しい)こと。
表現から筆者の気持ちが出ていますね。
犠牲者への哀悼
先の大戦では、三百万余の同胞の命が失われました。祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。終戦後、酷寒の、あるいは灼熱の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などによって、たくさんの市井の人々が、無残にも犠牲となりました。
戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、数知れず失われました。中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜の民が苦しみ、犠牲となりました。戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。
※ 解説
国内外に斃れたすべての人々がどのような人たちなのかを述べ、
彼らに哀悼の誠をささげています。
まずは日本国民について述べ、
次は日本以外の世界の国々(大戦時に戦った相手)や、
女性について哀悼しているのです。
※ 語句説明
市井の人々:人が多く集まり住むところ
無辜の民:罪のない人々。
国家間の争い事に巻き込まれる人々に対し、使う。
深く名誉と尊厳を傷つけられた女性:
普通の女性はもちろん、慰安婦のことも意味していると推測できます。
気づかされたのはこちらのサイト:黒猫亭さんによる解説
慰安婦と表現しなかったのはここで「慰安婦」と述べてしまうと、
「安倍は慰安婦を認めた、直ちに賠償しろ!」
マスコミらや韓国に外交カードを与えてしまうためです。
このときの保証は1965年の日韓基本条約で解決済みです。
女=慰安婦に限定させないために「女性」と表現したのでしょう。
深く名誉と尊厳を傷つけられた女性
虎ノ門ニュース8時入り、
武田邦彦氏が中国の戦略を解説していたときに出た写真。
写真は中華人民共和国所属の警察(背後に共産党)が
チベットの女性を辱めているところです。
漢民族がチベット民族の人権を蹂躙しているのです。
でも漢民族だけの問題でなく、我々の課題でもあります。
戦争を行うと、少なくとも上記のような行動をとる人がいると考えています。
戦うと気持ちの中に「俺はお前より強い」優位性が出てくるからです。
それを相手によりわからせる形で、このような行動をとるのです。
あなたの中にも劣等感からくる優位性はあると考えています。
劣等感と優位性は必ずしも悪いものではありません。
発展のためにこの気持ちを持つなら良いと思います。
でもここでは発展でなく快楽のためですね。
(この優位性が罪を作ると思った。罰は自分が劣等感を味わうこと)
戦争で負けるとはこういった状態を意味していると、
武田氏は述べています。私もこの意見に同意です。
※ チベットの場所を確認。画像はWikiより
戦争の惨禍を繰り返してはならない
何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。一人ひとりに、それぞれの人生があり、夢があり、愛する家族があった。この当然の事実をかみしめる時、今なお、言葉を失い、ただただ、断腸の念を禁じ得ません。
これほどまでの尊い犠牲の上に、現在の平和がある。これが、戦後日本の原点であります。
二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。
※ 解説
哀悼の念を捧げる相手を伝えつつ戦後日本までのいきさつを統括。
事実を踏まえたうえで、「戦禍を繰り返してはならん」強く述べているのです。
すると、次に来る文章は「繰り返さないように何を決意するのか」でしょう。
「繰り返してはならない」だけだと、言葉が足りません。
だから、次の文章は補足が来ると思います。
平和国家としての歩み
事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。
先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、そう誓いました。自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら不戦の誓いを堅持してまいりました。七十年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱きながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります。
※ 解説
「武力の行使や威嚇」:
現在これを使って侵略しようとする国々に対し、
けん制する意味を込めて使っています。
武力を行う国(+植民地支配を企む国)
⇔
日本(民族自決を尊重した世界観、法の支配を重んじる)
対比関係にもなっています。もちろん筆者の主張は日本側です。
武力を働く国に対し、日本がこれから行う立場を鮮明にする狙いです。
>先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、そう誓いました
誓いを強調するために、
はじめの段落で100年前の世界史や日本史を振り返ったのですね。
>この不動の方針を、これからも貫いてまいります。
筆者の結論にあたる主張です。貫くのは「平和国家としての歩み」です。
ここで文章を終えてもよいのですが、続きます。
痛切な反省と心からのお詫び
我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。
こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります。
※ 解説
平和国家としての歩みを生きるため、日本が何をしてきたか?
「平和と繁栄への歩みは今後もやめないよ」ということを強調しています。
>痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明
(表明:自分の意見を他の人にはっきり示すこと)
ここで村山談話を見ていきましょう。
わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。また、この歴史がもたらした内外すべての犠牲者に深い哀悼の念を捧げます。
敗戦の日から50周年を迎えた今日、わが国は、深い反省に立ち、独善的なナショナリズムを排し、責任ある国際社会の一員として国際協調を促進し、それを通じて、平和の理念と民主主義とを押し広めていかなければなりません。
村山談話の反省と安倍談話の反省は意味が違います。
村山談話は反省を述べています。謝っていますね。
謝った後、どうすべきか述べております。
安倍談話は反省を表明、
すなわち過去に日本として謝った行動を語っています。
反省という言葉は同じでも、文脈によって意味が違いますね。
文書読解は文脈によって言葉の意味が若干変わります。
この若干が後で大きな広がりとなるので、読む時は気を付けてください。
※ 語句説明?
面白いなと感じた部分が「台湾」をきちんと出していること。
これが民主党なら台湾は絶対に出さなかったでしょう。
あるいは「チャイニーズタイペイ」と述べていたかもしれません。
また、「インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾」
を省いて、中国と韓国だけに焦点を絞ったでしょう。
中国は台湾を「中国の一部(地域)」と扱っています。
台湾だと国扱いになり、チャイニーズタイペイだと地域扱いになります。
(歴史経緯を調べると、1972年までは2つの中国が存在していた。
中華人民共和国と中華民国:台湾である。
ベトナム戦争で疲弊した米国が中華人民共和国と会談を行い、
1972年、中国は中華人民共和国のみと決めて、台湾を国連追放)
日本が台湾ということで
「日本は台湾を一つの国として認めています」主張しているのです。
心にとどめるもの
ただ、私たちがいかなる努力を尽くそうとも、家族を失った方々の悲しみ、戦禍によって塗炭の苦しみを味わった人々の辛い記憶は、これからも、決して癒えることはないでしょう。
ですから、私たちは、心に留めなければなりません。
※ 解説
ここは実際に戦争を味わった人々へ配慮しています。
配慮した後。「心にとどめなければならない」ということから、
「何」をとどめないといけないのか? 疑問を持ちます。
※ 語句説明
塗炭の苦しみ:ひどく激しい苦しみ。
泥水や炭火まみれになって苦しんでいる様子をいう。
戦禍:戦争による災いや被害
事実を知ろう
戦後、六百万人を超える引揚者が、アジア太平洋の各地から無事帰還でき、日本再建の原動力となった事実を。中国に置き去りにされた三千人近い日本人の子どもたちが、無事成長し、再び祖国の土を踏むことができた事実を。米国や英国、オランダ、豪州などの元捕虜の皆さんが、長年にわたり、日本を訪れ、互いの戦死者のために慰霊を続けてくれている事実を。
戦争の苦痛を嘗め尽くした中国人の皆さんや、日本軍によって耐え難い苦痛を受けた元捕虜の皆さんが、それほど寛容であるためには、どれほどの心の葛藤があり、いかほどの努力が必要であったか。
そのことに、私たちは、思いを致さなければなりません。
※ 解説
とどめるものは
- 引揚者→日本再建の努力
- 起きさりにされた日本人→祖国の土を踏む
- 日本から見て元敵国の捕虜→慰霊を続ける
- 苦痛を味わった中国人や元捕虜→寛容や葛藤を経た生きる努力
彼らの気持ちを思い致そうと述べているのですね。
思い致すとは心を向けるという意味です。
心からの感謝の気持ち
寛容の心によって、日本は、戦後、国際社会に復帰することができました。戦後七十年のこの機にあたり、我が国は、和解のために力を尽くしてくださった、すべての国々、すべての方々に、心からの感謝の気持ちを表したいと思います。
※ 解説
>和解のために力を尽くした「すべての」国・人に感謝の意を述べています。
ここ一つで裏が色々読めますね。
米国はTPPなどで今も重圧を日本に課している。
中国は……他は……考えるときりがありません。
ここだけ聞いていると他国に感謝する気よりも憎しみがでてくるよ。
と、考える人もいるでしょう。
でも日本はすべてにおいて正しい行動をとっているか?
日本もやることはやっていますからね。
人を批判するときってつい、自分のこと棚に上げますもんね。
ここは日本じゃなくても「人」として気を付けなくてはいけません。
自分のことを棚を上げて他人を叱責した言葉ほど、
後で自分自身に跳ね返るからです。
(民主党ブーメランが証明しています……って違うか)
外交の基本は「笑顔、右で握手、左は殴り合い」です。
ある部分は「仲間」なんだけど、別の部分は「敵」
あなたの身の回りにいる親しい人を思い浮かべてください。
あなたと親しい人はすべてにおいて共通思想を持っていますか?
同じところもあれば、違うところもあると考えています。
無理に合わせる必要はないのです。
合わないのは知恵や体験にお互い、差があるから。
差を認識して歩み寄る。それが相手を愛することだと思っています。
言葉で書くのは簡単だけど、実際は難しいよね……
>すべての国々、すべての方々に、心からの感謝の気持ちを表したいと思います。
謝罪を感謝に変えました。
「あなたのおかげで今の日本がある、ありがとう」
感謝されると、された人は心が少し良い気持ちになります。
すると、怒りの心が中和に向かうのです。
(反対に戦略として日本を攻撃する側から見ると、
感謝ほど警戒しなければならない。罪悪感を与えられないからだ)
謝罪を続ける宿命
日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります。
※ 解説
筆者が訴えたい部分です。
>私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。
ツイッターや実況で多くの人が取り上げていた部分がここ。
同時に一部のメディアが発狂したのもここ。
メディアの一部:朝日記者「そこは被害を受けた側に言ってもらうこと」
「謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」
未来世代に対する責任であると同時に、
過去から続けてきた罪悪感意識への決別です。
>私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。
謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります。
日本人が持つべき課題も述べております。
真正面から向き合うことほど難しいものはありません。
これは日本という国の問題でなく、自分自身にも当てはまります。
現実逃避という言葉があります。
現実は辛いことばかり、だから逃避して甘い世界に浸ろう。
でも、人間が大きく成長するに辛い現実を受け止めるしかありません。
逃げている時、人(国)は責任転嫁をする傾向があります。
相手に擦り付けることで、楽な気持に浸ろうとするのです。
しかし、彼らを見渡すと精神成長が感じられません。
人は逃げていい部分と、逃げてはいけない部分があります。
逃げていい部分は他人から一方的に押し付けられた苦しみです。
しかし、自分で大きな夢を持つなら、
夢をつかむ過程で生じる苦しみは逃げてはいけません。
苦しみのたいていは自分自身のみっともない姿をを受け入れられないから、
生じてしまうのです。
受け入れるというのは声に出し、嫌なものに直接目を当てること。
はじめは逃げるでしょう。しかしだんだん抵抗力がついていきます。
ある日、気が付いたら乗り越えられるのです。
現在、人生が不調と感じる場合は自分自身がどんなことから逃げているのか。
そこを見極めることから始めていきましょう。
過去と未来への責任
私たちの親、そのまた親の世代が、戦後の焼け野原、貧しさのどん底の中で、命をつなぐことができた。そして、現在の私たちの世代、さらに次の世代へと、未来をつないでいくことができる。それは、先人たちのたゆまぬ努力と共に、敵として熾烈に戦った、米国、豪州、欧州諸国をはじめ、本当にたくさんの国々から、恩讐を越えて、善意と支援の手が差しのべられたおかげであります。
そのことを、私たちは、未来へと語り継いでいかなければならない。歴史の教訓を深く胸に刻み、より良い未来を切り拓いていく、アジア、そして世界の平和と繁栄に力を尽くす。その大きな責任があります。
私たちは、自らの行き詰まりを力によって打開しようとした過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる紛争も、法の支配を尊重し、力の行使ではなく、平和的・外交的に解決すべきである。この原則を、これからも堅く守り、世界の国々にも働きかけてまいります。唯一の戦争被爆国として、核兵器の不拡散と究極の廃絶を目指し、国際社会でその責任を果たしてまいります。
私たちは、二十世紀において、戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、そうした女性たちの心に、常に寄り添う国でありたい。二十一世紀こそ、女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしてまいります。
私たちは、経済のブロック化が紛争の芽を育てた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる国の恣意にも左右されない、自由で、公正で、開かれた国際経済システムを発展させ、途上国支援を強化し、世界の更なる繁栄を牽引してまいります。繁栄こそ、平和の礎です。暴力の温床ともなる貧困に立ち向かい、世界のあらゆる人々に、医療と教育、自立の機会を提供するため、一層、力を尽くしてまいります。
私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります。
※ 解説
すでに筆者が述べた主張を繰り返しています。
談話は文章ではなくスピーチです。
聴衆者(読者)は自分が前に述べたことを忘れているだろう。
繰り返すことで、聴衆者の記憶に刻み込むのです。
同時に決意をしている。理念の確認です。
(文章だとここらは削っても良いと思う)
私たちは~における文章展開として
「私たちはこんな過去にしたがって生きていた。
だから未来ではこういう日本にしていく」
過去と未来を比較しているのです。
比較することで、自分がどちらの側に立ち、同時に何をすべきか?
過ちに対する反省と未来に行うべき責任を述べているわけですね。
結びは「総理の覚悟」
終戦八十年、九十年、さらには百年に向けて、そのような日本を、国民の皆様と共に創り上げていく。その決意であります。
※ 解説
最後は「決意」を述べておしまいです。
しまりは短くてよいですね。
安倍談話の総論
安倍談話を現代文風に解説してみました。
調べる中で世界史や日本史、言葉の勉強になりました。
全体の論理展開を踏まえると
私たちは歴史の教訓から未来への知恵を学ぶべき
(以下、100年前から今に至る出来事(歴史)を述べる)国内外の人々に痛惜と哀悼の意を述べる
(以下、国内外の人々を詳しく紹介)二度と戦禍を繰り返してはならないために、
日本はどんな決意をして生きるべきか?
(以下、日本の行動を述べる)私たちは以下の人々を深く心にとどめるべきである
(以下の人々を説明)すべての国・人に感謝する
未来世代に謝罪を続ける宿命を背負わせない
過去を受け継ぎ、未来へ引き渡す
(以下、過去を再び直視しつつ未来への決意を述べる)日本がどんな理念のもと、未来を作る決意をしておしまい。
圧縮すると
「過去を直視し、未来へ災いを引き継がせず、
日本としてできることをやっていく」
文章展開していくと、かなり面白いと私は感じます。
現代文読解対策として、段落をまとめてみてください。
まとめて「筆者はこの段落で何を述べているのか」を見ること。
わからない部分はきちんと調べること。
これを毎日続けていけば読解力は上昇します。
終わりに
安倍談話について、いろんな意見があると思います。
意見はあなたの自由です。
もし感動したら、ただ感動で終わるのでなく、
この談話に恥じないような生き方を送るべきです。
新聞やメディアを読むと、賛否両論ありますね。
大切なのはこの談話を通し、あなた自身がどんなことを学べたか?
自分の人生とつなげて考えてみてください。
自分の生き方とこの談話が持つ主張を合わせることで、
談話一つで生き方から言葉の使い方など、
あなたが今後生きるうえで役立つと確信しています。
追記
現代文は世の中を生きるために必要なノウハウが詰まっています。
ぜひこちらを参考に現代文、文章を深く読んでいきましょう。
他にも青山繁晴さんの分析から学んだこと(地政学)を読むと、
現在の日本が置かれている状況が理解できると思われます。
南シナ海の情勢や戦争とは何かを知るきっかけにもなります。
あと、歴史を通してメディアがどんなことをしているのか?
なぜ安倍首相をヒトラー扱いしなければならなかったのか?
歴史をより深く学べます。ぜひこちらも併せてお読みください。
以上です、お疲れさまでした。