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開けましておめでとうございます、
今年もいろいろあるでしょうが、試行錯誤して乗り切っていきましょう。

 

さて、私の方は大晦日も正月もずっとティラノスクリプトとにらめっこしていました。
ティラノを使えば使うほど、吉里吉里の機能ってすごいんだなあと改めて思い知らされました。
ただ、吉里吉里はiphone未対応なので、現在使っていません。
ビジュアルはティラノスクリプトの方が好きです。

 

さて、本題ですが年末にかけてある人と電話しました。
その時、「私」のために働くか「社会」のために働くか。
どちらを意識して仕事をするかで、アイディアが全く違ってくる。

というありがたい言葉をいただきました。
私のために働くというのはたとえ収入が入らなくても「やばいやばい」と私のことを考える状態。

で、社会のために働くときは私がどんな状態になろうとも全く焦らずに社会のことを思って
今、自分としてできることをするということです。

私は一度極度の貧乏を味わったことがあるので、どうしても私に戻ってしまう時があります。
それでも、そういう状態だからこそかえって「私」とは正反対の「公人」意識が試されます。

 

私という状態に不満がある、欠乏している、困っている。
どうしてもっとお金が入らないんだ、どうして俺のところに女が寄ってこないんだ、どうして……
と、「私」だけの問題にずっと苛まされている状態の時ほど、

「世の中はこうなっている、じゃあこの世の中の問題において今、自分としてできるところは何か。
どこに対して向き合って乗り越えたら社会は少し良くなっていくだろうか、そのために自分としてできることは何か」

という意識をもって、自分にとって利益が入ろうと入らまいと、常にその意識に責任と覚悟を持って取り組む。
そうすると、私に関する問題というのは解決するようです。

実証データーが私しかないのですが、社会のことを思ってやるか、私のためにやるか。
それは大きく変化をもたらすでしょう。

 

それは自分の趣味でも同じです。自分だけが気持ちよくなるためにやるのか。
あるいは社会全体の状況を踏まえたうえで、今自分としてできること。
それを趣味分野を通して社会の進歩(文明、精神的なことなど)に貢献し、
同時にそれを劣化させるものと対峙する覚悟を持つこと。

そこらを向くとアイディアの質が違ってくるのではないかと考えています。
実際心の気持ちよさは「私」の方よりも「社会」の方です。

最初は誘惑も多くて何度も、今でも「私」に戻されていきますが、
自分を律して訓練し、社会のために考えると何かいいアイディアが出てくると確信しています。

 

ということで、お互いいい年にしていきましょう。

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